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大人向けのレッスン(執筆:吉田詩子)

指導のいろは
大人向けのレッスン

執筆:吉田詩子

ピアノ学習者の人口が多いとされる日本ですが、少子化が進む昨今では大人の生徒へのレッスンも需要が増えています。実際に、私の教室では半数以上が大人の方です。その中には、子どもの頃からずっと習い続けている方、一度辞めた後に大人になってから再開した方、大人になって一から始める方など、様々な生徒がいらっしゃいます。驚くのは、そういった経験に関係なく、大人の生徒さんは総じて「上達したい」という熱意が高いことです。

当たり前のことではありますが、大人の方は子どもと違い、全員が自分の意思でピアノを習いに来ています。そのため、やる気に満ち溢れている方が多く、講師としても教え甲斐があるのです。私は、大人の方にも子どもに負けないくらいの成長があると考えています。実際に、教え方次第で子ども以上の早さで上達することも珍しくありません。

そこで今回は、私が大人の生徒さんのレッスンを通して学んだことをお話ししたいと思います。

1.正しい目標(到達点)の共有のために

現在もそうですが、私は大人の生徒さんだけにターゲットを絞って集客をしていたわけではありません。では、なぜ大人の方が増えたのか。その要因となった点を3つ挙げていきます。

①HPでの掲載内容

子どもと違い大人の生徒さんは、始めから目的を持ってスタートする方が多いため、教室選びもしっかりと吟味し、条件が合えばたとえ遠方からでもいらっしゃる傾向にあります。そのため、HPを用意して教室のPRをすることが大切と言えるでしょう。

もし、大人の生徒さんを増やしたいのであれば、その点をアピールすることが必要です。私の場合、以下のようなキャッチコピーをHPに記載していました。

  • 子供から大人の生徒さんまで募集
  • 大人の初心者さんも大歓迎
  • 発表会を年に2回開催
  • 男性もOK

特に、最後の「男性もOK」という点について。男性の生徒さんたちの話を聞くと「成人男性を指導してくれる教室が少ない」とおっしゃる方がたくさんいます。ピアノを習おうにも行き場のない方は意外にも多いのです。実際に、私の教室では大人の生徒さんの半数以上が男性です。男性の生徒となると躊躇される方も多いかもしれませんが、さらなる集客を見込みたい方はより広く門戸を開くことも検討されてはいかがでしょうか。

②目標が立てやすい環境作りを

先に述べた通り、私の教室は発表会を年2回開催しています。年2回という回数は周りの先生方にも驚かれることが多いのですが、目的意識の高い大人の生徒さんにとっては、これくらいがちょうど良い回数なのだと今では感じています。確かに、新曲を譜読みするスケジュールなど考えると、年2回の本番は負担かもしれないと思いますが、発表会を終えた時には「次の本番はこれを弾きます!」と自発的に提案してくる生徒も多く、「この日までに曲を仕上げる」といった目標を立てて選曲してくる方が自然と増えてきました。

何より、本番は上達するための一番の近道です。「100回の練習より1回の本番」という有名な言葉の通り、生徒自身、レッスンで私に言われたこと以上のものを本番で吸収されているようです。大人の方はピアノに割ける時間が限られています。だからこそ、発表会のような目標が立てやすい機会を講師側が用意することで、より効率良く成長できるのではないかと考えます。

③本番後の打ち上げで交流を

私の教室では、発表会後に自由参加で大人の生徒同士での打ち上げを毎回企画しています。それが楽しみで、発表会に参加してる方もいらっしゃいます。私自身、普段のレッスンとは違った感覚で生徒と話ができ、良いコミュニケーションができる場だと感じています。

やはり一番の利点は、生徒同士の交流ができることです。楽曲について情報交換したり、好きなピアニストの話で盛り上がったりと、みなさんいつも楽しそうに談笑しています。そのおかげか、最近では生徒同士で自主的に連弾をすることもあるなど、私が思っている以上に生徒間のコミュニティが発展しているように感じます。

関東圏では大人のピアノサークルの活動が盛んです。それほど、大人になって趣味を共有できる機会が求められているのでしょう。当教室は勿論サークルではありませんが、それに似た交流の場があることも、継続していただいてる理由の1つかもしれません。

2.実際、どのように大人のレッスンをしているのか。
好きな曲を弾きたい

これは子ども・大人に共通することですが、レベル関係なしに1曲は自分で選んだ曲を弾くということをレッスンの上で大切にしています。子ども時代にピアノを習っていて、途中で辞めてしまった生徒にその理由を聞くと、「教本だけでつまらなかった」「弾きたい曲を弾かせてくれなかった」という声が殆どでした。そのため、ピアノ経験があり大人になってから再開した人は、自分の中に弾きたい曲がある場合が多いのです。

また、ピアノ初挑戦の方でもその傾向は同じです。ただ漠然とピアノが弾けるようになりたいという方より、「この曲が弾けるようになりたい」という気持ちで習い始める方のほうが多いように感じます。

もし、初心者の生徒に難曲をリクエストされた場合は、初級用にアレンジ(ハ長調に移調)されてるものなどを講師側が選ぶようにしています(YAMAHAさんのサイト「ぷりんと楽譜」等を参照に)。あまりにも難曲だと譜読みで心が折れてしまうケースが多いため、まずは「知っているメロディーが弾けた!」という喜びを実感してもらうことから始めることが重要です。

基礎トレーニングを大切に

とはいえ、弾きたい曲だけを弾いていると壁にぶつかってしまうのもまた事実です。特に、ブランクがあってレッスンを再開される方は、「思うように指が動かない」など技術的な面で悩みを抱えてる方が多いように感じます。ですので、好きな曲を自由に表現できるためのテクニックを身につけることを目的として、レッスンの前半で基礎作りとしてハノンピアノ教本を代表に、ツェルニーやバッハのインヴェンションなどを取り入れています。ほんの少しでも基礎的な練習を続けていくことで、「以前より弾きたい曲が思うように演奏できるようになった」と手ごたえを感じてもらうことが重要です。

ジャンル問わず

大人の生徒は音楽の趣味も様々です。そのため、クラシックだけではなくポップスやジャズなど、ジャンルを問わず生徒さんの希望に合わせて教えるようにしています。「コード奏法を学びたい」「曲をアレンジ出来るようになりたい」「作曲したい」という生徒さんも大人の方は特に多いです。

例として、私の教室にはクラシックに全く興味なく、アニメやゲーム音楽が大好きな生徒がいました。彼の場合もまた、まずは好きな曲を弾くことから始め、平行して少しずつ理論を学んでいきました。まだ楽譜になっていないアニメの曲を一緒に耳コピして、アレンジするなど、私自身もたくさんの学びを得るきっかけになったと感じています。

彼は楽譜が一切読めない状態から、調性や和音・コードの仕組み、奏法を学び、最終的に5年で作曲・編曲をこなすまでに至りました。このように、大人になってから始めた生徒も、可能性はいくらでもあると確信しています。クラシックだけではなく、間口を広げることで、より生徒さんが音楽を楽しむことができるのではないでしょうか。

伝え方に工夫を

先にも書きましたが、子どもの頃ピアノを辞めてしまった理由に「先生が怖かったから」と言う意見が多数ありました。時代ゆえなのかもしれませんが、一方的な厳しさだけだと音楽の楽しさを忘れてしまいがちです。なので、伝え方には非常に気を付けています。例えば、生徒が1曲弾き終えた後は「ここは良かった」と良い点を伝えてから、「欲を言えば、こうした方が良い」とワンクッションを置いてアドバイスするようにしています。

また、大人の生徒は、感覚的な教え方よりも理論立てて説明したほうが理解しやすい場合も多いです。楽曲分析を基にした歌い方のアプローチや作曲家の歴史的背景等を踏まえたりすると、生徒さんも腑に落ちた表情をされます。

初心者向けの使用教材の選び方

初心者の場合、はじめに何の教本を使うかは特に大事だと思います。それ次第でレッスンの進み方も変わっていきます。そこで、教本選びで重視している点をお伝えします。

①ドレミファソの五音階だけで始まっている

楽譜が読めないところからスタートする生徒には、音符を読むことが難しいと感じる方が大半です。まずはそこをクリアにするため、出てくる音を絞って、弾く楽しさを体感してもらうことが大切です。バーナム・ピアノテクニック-導入書-(全音楽譜出版社)やバイエル・ピアノ教本は、前半がドレミファソの五音階のみの曲で進めて行くので、譜読みが比較的苦労しません。そのため、最初期のレッスンから歌い方、フレージングの感じ方、手首の脱力の仕方などにも触れることができ、ひいては音楽的に弾くことを意識付けしやすいです。ある程度弾けてから、ではなく、導入期から音楽性を養っていくことを大事にしています。

②説明が多すぎない

コードなどの理論書は説明が複雑で、基礎的なことを把握していないと理解できない面があります。実際に「本を買ったが難しくてわからなかった」という理由で、習いに来た生徒もいらっしゃいました。初心者にとっては、わかりやすいことが重要なので、最初は子ども向けの楽譜から入っていくと良いでしょう。(参考楽譜/両手になったらコードネームでひいちゃおう:ヤマハ)

③子でも向けの曲だけではなく、有名な曲が載っている

しかしながら、子ども向けの初級楽譜によくある5音階の童謡ばかりでは、大人の生徒にとっては退屈です。なので、そういったものが少なく、クラシック曲や有名な民謡・ポップソングが入っている楽譜を選んでいます。(おとなのためのバイエル教本:ドレミ楽譜出版社)

④リズムはバスティンメソード

リズムに関しては、子ども向けのレッスンでも使用しているバスティンメソードを導入しています。特に大人は頭では理解していても、いざ弾くとなると音符の長さが曖昧になりがちです。例えば四分音符は「しーぶん」と声に出して手拍子させるというように、実際に体感して学ぶことを大事にしています。そういったレッスンが恥ずかしいと思われる方もいますが、こればかりは非常に大事なことなので、「私も一緒にやりますね」とサポートを入れながら、しっかり音符の読み方とリズムを習得していただきます。

⑤調性やコードネームに触れる

長年指導していて驚いたのは、ピアノ経験のある生徒でも、調性・コードネームを知らない方が多いことでした。私は、調性やコードネームなど曲をアレンジすることに導入期から触れることで、結果的に読譜力が早くなり、より弾くことの楽しさが感じられると考えています。なにより、こういった理論に興味が持てることが大人の特徴です。生徒が練習に行き詰まった時は一度立ち止まって、方向性を変えたレッスンをすると、音楽の理解力が深まり楽しんでいただけるのではないでしょうか。

3.コンクール挑戦への道

当教室では、複数名の生徒がコンクールに挑戦しています。10代のころコンクールを受けていた方だけでなく、大人になってから初めてチャレンジする方も多く、中にはピアノ歴2年で受けた方もいます。ここまでコンクール参加が活発になったのは、年2回の発表会の影響が大きいように感じます。人前で弾くことで「更に上達したい」と感じた方や、既にコンクールに出ている他の生徒さんの演奏を聴いて、自分もコンクールに挑戦したいと考える方が多いようです。

コンクールの価値

大人になってからコンクールに挑むことは、子どもよりもハードルが高いように感じます。ですので、いかに生徒が自発的に挑戦したいと思ってもらえるかが重要です。

どの生徒にもお話ししているのは、順位などの結果だけを求めるのではなく、本番に向けての過程が如何に大切かということです。コンクールは競争の場であるかもしれませんが、それだけに向かってしまうと、本来の音楽の楽しさ・喜びを失ってしまいがちです。特に大人の生徒は、それぞれが自分なりの楽しみ方を確立して継続している方が多いので、その気持ちを大切にするように心がけています。

コンクールに挑戦することで得られるのは結果だけではなく、「演奏の上達」「自分自身に勝つメンタル」「周りの人の演奏を聴くことで視野が広がる」など、たくさんの価値があることを生徒には伝えています。こういった要素に価値を見出すのが大人の方の特徴とも言えるでしょう。実際、コンクールを受けた生徒全員が口を揃えて「出て良かったです」と仰ってくれています。

出ないという意思も受け入れて

発表会も含めてですが、生徒の参加する・しないの意思は尊重しています。先にも述べた通り、ピアノの楽しみ方は人それぞれです。ですので、一度本番には興味がないと断られた方にはしつこく声は掛けないようにしています。私の前で弾くだけでも緊張するという方も中にはいますし、人前で弾くことだけが全てではないので、そういった考えも受け入れることがレッスンの上で大切なことだと思います。

「継続は力なり。」

余談ですが、私は28歳の時に趣味で社交ダンスを始めました。大人になって始めたにもかかわらず、すっかりハマってしまい、いつしかピアノコンペと同じようにダンスの試合にも出るようになりました。意外にも社交ダンスの練習はハードなもので、私の場合、多い時は週5日練習することもありました。当然、本業との両立は大変でしたが、それでも続けられたのは一緒に頑張る仲間や応援してくれる先生がいてくれたおかげです。なにより、大人になってからでも本気になれる趣味があることを発見できたのは、ピアノ指導者である私にとって非常に大きな経験でした。

「継続は力なり」という言葉のように、芸事は継続することに意味があります。ですが、時間に限りのある社会人にとって、「好き」という気持ちだけで趣味を継続するのは、私たちが考える以上に大変なことです。だからこそ、指導者がわかりやすいカリキュラムを用意し、目標作りをサポートし、辛い練習すらも楽しいと感じられる環境を作ってあげることが重要です。それこそが、生徒が「本気」になれる要因なのではないのかと思います。

そのきっかけの種を蒔くピアノ指導者という仕事に、私はやり甲斐を感じています。子ども・大人関係なく、沢山の方が音楽を通してより人生が豊かになるように、指導者として成長していかなければならないと感じています。私自身もまた「継続は力なり」という気持ちを大事にして、今後も歩んで参りたいと思います。

吉田詩子
よしだ うたこ◎宮城県出身。常盤木学園高等学校音楽科、国立音楽大学演奏学科卒業。平間百合子、長尾洋史、金子恵、脇岡洋平、樋口紀美子、各氏に師事。池袋ポロロンピアノ教室主宰。ピアノソロを中心に室内楽、ジャズやミュージカルなどジャンル問わず演奏活動を行っている。ピティナ・ピアノコンペティション、日本クラシック音楽コンクール、日本教育連盟ピアノオーディション、日本ベートーヴェンピアノコンクール各全国大会出場。日本演奏家コンクール一般の部第3位、第11回バッハピアノコンクール一般B部門金賞受賞。
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