指導セミナーVol.56 開催レポート
2023年度は東音ホールとオンライン、ハイブリッド形式で開催し、全国から多くの先生方にご参加いただきました。ゲスト講師には元世界陸上銅メダリストの為末大さんをお招きしました。為末さんがスポーツで得られた「熟達論」という新たな視点からもピアノ指導について学ぶ、充実したセミナーとなりました。
レポーター:髙橋奏楽(ピティナWキャリア職員)
今回は、5人の指導者育成委員の先生方をお迎えし、2023年度ピティナ・ピアノコンペティションの課題曲を題材とした公開レッスンを開催いたしました。A1級からF級までの幅広い年齢層の受講生1人1人に合わせた指導のアプローチにより、様々なポイントを学びました。
<A1級近現代>中務 絵理香:たけとんぼ、とんでった
「竹とんぼで遊んだことある?」との問いかけから始まったレッスン。竹とんぼがくるくる回され、空高く飛んで行き、ゆったり空を浮遊する情景、どこに飛んでいっちゃったのだろうと不安になり、「あそこかな?」「あった!」とほっとするような 主人公の心の変化 など、音楽の場面に基づいて物語をイメージしました。
竹とんぼをくるくる回すような場面は勢いをつけ、空をゆったり飛んでいる場面はたっぷりと弾き、情景が変わる前に間合いを取ること。また、竹とんぼがどこかに飛んでしまった不安な心から「あ!あそこかも?」と思い立つ所では、はっとさせるように音色を変えて演奏するなど、 わくわくするような演奏表現 をレクチャー下さいました。
<B級近現代>ギロック:フラメンコ
楽譜の冒頭に記されている 「激しく、リズミカルに」 。激しい表情、かつ美しい音で演奏するためにはどうしたら良いか、という投げかけから始まりました。ポイントは左手。鋭い音で、表情をしっかり作ることが大切です。始めはメゾピアノで、勢いを持たせながらも、潜むように緊張感を保つイメージで演奏します。また中間部では、フレーズを大きく捉えることがポイント。曲線的に歌わせ最後は丁寧に収めますが、フレーズの途中のフェルマータは先へ続くようなイメージで、とレクチャー頂きました。
この曲の持つフラメンコ特有のパッション溢れるリズムと、自由でのびやかな歌をどのように聴かせたいか、様々な表現を試しながら 自分の音楽を見つけてほしい とお話下さいました。フレーズの1、2回目で時間をどのように使うか考えたり、音形が変わる所や、曲の最後の締め方を、緊張感を切らさずにそのまま突き進んで演奏してみたり、生徒さんも先生の表現のアイデアにイメージを膨らませ、演奏もみるみる変化していきました。
<C級近現代>三善 晃:手折られた潮騒
この曲でポイントになるのは、 ペダルの使い方 です。レッスンの始めに、日比谷先生と生徒さんによってペダルの踏み方のバリエーションを実演して下さいました。
冒頭は右手の連符から始まります。水が流れ、波が湧き上がって沈む様子など、音の連なりから情景をイメージすることが大切です。16分音符が連なり、波が大きく膨らむようなパッセージはペダルをふわっとかけ、反対に、テヌートのメロディーラインは1音ずつペダルをかけて、高音のアルペジオと共に、美しい和声の移ろいを味わいます。
ペダルを活かしながら、ピアノ全体から鳴る美しい響きを、 耳を研ぎ澄ませて探究する ことの大切さを考えさせられました。
<D級バロック>J.S.バッハ:3声のシンフォニア第14番 変ロ長調 BWV800
この曲は、ストレッタの技法によって声部それぞれの音の動きが複雑に絡む、音の密度の濃い楽曲ですが、それでいて壮麗で楽しげな曲想です。その秘訣は美しい音の動きで下降していくテーマと、跳躍をしながら生き生きと上昇していく対旋律が織りなす、 響きの色彩の豊かさ だと考えます。
主調である変ロ長調から、ト短調、ハ短調、へ長調へと、終止形をきっかけとしながら転調をしていく所は、まるでロマン派の作品のよう。この曲ならではの魅力の一つですね。転調が織りなされるフレーズは緊張感をキープしたまま一息で音楽を運び、大きなフレーズで歌うこと、最後は跳躍の対旋律でさらにクライマックスへ届け、荘厳に締めくくるようなイメージで、とアドバイス頂きました。また、クラヴィコードやチェンバロでの演奏のお話も大変勉強になりました。
<F級近現代>ドビュッシー:12のエチュードより「組み合わされたアルペッジョのために」
この曲は晩年に書かれた作品です。ドビュッシーは自然界を土壌にして作られた作品が多くありますが、この作品は異なっています。私は宇宙を漂うようなイメージを持って指導していますが、1音1音全てが、自分がイメージした世界観に合った表情を生み出せなければなりません。そのためには、音楽を自分から距離を離し、 響きを聞くことが大切 です。
メロディーラインは横の流れを意識して歌い、遠くの方で鳴っているような音の繊細な動きは指の腹で緻密にコントロールします。また、リズムを聞かせる音形では、根底にある音楽の流れも意識することが大切です。同じフレーズの2回目はどのように表現しようか、1曲を大きくとらえながらも、 鮮明に音楽のイメージを持つ ことで、この曲の持つ音楽の移ろいが聴いている人へ伝わる演奏ができるのではないでしょうか。
レポーター:緑川奈央(ピティナWキャリア職員)
第2講座は、普段は動画提出頂いたものを採点票としてフィードバックしている「動画型指導実技( Lesson Check Up)」をその場でレクチャーする形で実施しました。Lesson Check Upは、実際のレッスンを撮影した動画を提出し、ベテラン指導者からアドバイスをいただけます。ご自身のステップアップ、生徒さんのレベルアップにも繋がりますので、指導者ライセンスを受けていない方も是非ご活用ください。
指導者ライセンス受検者:堂向敦子(ブルグミュラー:25の練習曲 Op.100より 第3番 牧歌)
とても優しくリラックスした雰囲気の中で行われました。生徒さんと一緒に、どのような音を出したいかを話し合いながら、曲を完成させるように進めていきました。堂向先生は、音楽を風景や楽器などに例えながら、とても分かりやすい指導をしてくれました。
最初に生徒さんが演奏を披露すると、まずは褒め言葉から始めていらっしゃいました。生徒さんたちが「弾けるようになりたい!」という意欲を持てるように、レッスンを進めていらっしゃると感じました。
私自身(土持先生)は、レッスン時間内に生徒さんたちの最も重要な課題を見つけるために、直感と客観的な視点を大切にしています。曲の構成を「起承転結」に分け、全体の流れを把握することで、より詳細な指導が可能になると思っています。
指導者ライセンス受検者:早坂愛乃(クーラウ:ソナチネOp.20-1 ハ長調 第1楽章)
生徒さんと共に楽譜を読み、対話を大切にしながら、16分音符の弾きにくい部分に取り組んでいました。早坂先生の「これからもリズム練習の種類を増やしていこうね」という声がけは、生徒さんが長い目で見て弾けるようになるためのアドバイスであり、その丁寧な指導が印象的でした。
電子ピアノで練習する際、硬い音になりがちなので、生徒さんがそうならなかったことは本当に素晴らしいと思います。本題に入る前に、良い音を作るために簡単な音階の練習を取り入れることも良いかもしれません。毎日少しでも練習を続けることで、生徒さん自身が「こんな音を出したい!」と思うようになってくるでしょう。生徒さんに音楽が楽しい!面白い!と思ってもらえるとよいですね。
指導者ライセンス受検者:加藤加奈子(ドビュッシー:アラベスク1番)
加藤先生とのレッスンでは、ドビュッシーの曲を生徒さんと一緒に探究していく姿が印象的でした。音のイメージを具体的なものに例え、生徒さんと共有しながら、ペダリングやタッチについてアプローチしていきます。隣のピアノで演奏しながら、分かりやすく説明してくださるので、とても参考になります。
加藤先生のレッスンは生徒さんに寄り添った、ポイントをおさえた的確な指導だったと思います。生徒さんの演奏を聴いていて、少し気になったのが音の作り方です。ドビュッシーの音楽を演奏する際には、淡いパステルカラーのようなソフトなタッチが必要で、そうすることで本当に表現力豊かな演奏ができると思います。そのためには、和音のハーモニーを意識することや、フランス語を勉強することも役立つでしょう。ぜひ、取り入れてみてください。
レポーター:恩田結衣(ピティナWキャリア職員)
指導セミナーの最後を飾るのは、元陸上選手の為末大先生です。テーマは、『スポーツから得た「熟達する力」』。為末先生は熟達を5つの段階に分け、それぞれが身体的、心理的にどのような状態にあるのか、ご自身のご経験も踏まえてお話してくださいました。
熟達は「遊び」から始まります。最初は、教える側が上手くなりたいと思うことが大切だそうです。やっている人に対して、 「こうなりたい!」という希望を与えたり、「面白い!」という感覚を身に着けてさせていくことが、熟達へのスタートライン です。
次に、「型」「フォーム」を学びます。このときに重要なことは、型の段階で 応用がききやすいものを選択する こと。まだこの段階では自分自身で選択することが難しいので、 指導者と共に遊びながらフォームを身に着けていく ことが求められます。
こうして型を身につけたら、「観察」をしていきます。これまでの過程では、言われるがままで自分が何をしているのかわからない状態ですが、「観察」の段階にくると、 何回も繰り返していくことで全体がコマ送りのように切り分けられていると感じる ようになり、想像ができるようになります。また、自分自身を第3者的な目線で見られるようになったり、真似ができるようになるのも、この段階です。
4段階目は「中心」。ここでは「こうしてみよう」と自分から表現できるようになり、 想像性が膨らむと同時に、技術も向上していく時期 になります。自分の「中心」がわかると脱力ができるようになります。つまり、自分自身が自由になり、表現をしやすくなるのです。
また、コンディションにおいては、自分の正常値がわかっていると、ズレや異変に気が付きやすく、不調に気が付くことができます。少しのズレでも見逃すと大きな障害になりかねません。毎日少しずつ、 日々の積み重ねの中で微調整をしながら成長していく のです。
その一方で、 技術的な到達点 であるのもこの時期です。人は、自分にできないことを優雅にこなしている人に憧れの気持ちを抱きやすいです。ただ、その憧れの相手と自分との違いに気が付き、その中で 自分の強みを見つけていく 、それが「中心」の段階です。
最後は、集中した状態でプレーをすること、自分の中で明らかにいつもと違う感覚を抱くという「空白」「ゾーン」。ここでは3つのポイントを紹介していただきました。 ①時間間隔の変容、②境界の感覚、③意識の後追い の3つです。これらによって 自分自身が薄まり、周りと合わせられるようになる 、これこそが「空白」の状態です。
為末先生から熟達への5段階を伺いましたが、これらはあくまで独学でやることを前提としているので、 支援する立場にいる者はこれらを促していく必要がある とのことです。
指導者に大切なことは3つ。1つ目は、 応援する こと。やる気に火をつける言葉がけは、人間にしかできないことであり、 その一言で人生が変わる こともあるので、まずは応援をしましょう。2つ目は、 伴走する こと。もし生徒がつまづいてしまったとき、どのような言葉がけをしますか?目の前にいる生徒が経験したことのあるイメージがしやすい比喩表現で、一番大切なことだけを伝えるようにしましょう。そして3つ目は、 質問をする こと。本心を引き出すためには、考える時間が必要です。1人になったときに答えようとする、これは考えている証拠です。自分で考える時間を与えてあげるようにしましょう。
指導セミナーにて、ピティナ・ピアノ指導者ライセンス全級合格表彰式が開催されました。2022年度は 17名の方が全級合格となりました。指導者育成委員長である金子勝子先生から合格証書が授与されました。また、ご来場いただいた方には一人ずつ合格までの道のりや、今後のピアノ指導者としての目標などをお話しいただきました。
指導者ライセンスの合格者インタビューを掲載しています。受検のご参考になさってください。
指導実技・演奏実技・筆記試験・エッセイ(小論文)の4種類の試験科目を通し、継続的な「指導力の研鑽」を支援する検定システムです。試験は春期、秋期、冬期に各地方で実施しています。一緒に学び続ける指導者を目指していきませんか。
まずは気軽に指導者ライセンス オンライン説明会にご参加ください!次回は5月26日(金)です(参加無料)。
お申し込みはこちらブレイクタイムセッションにつきましても、後日e-ラーニングにて公開予定です。詳細は改めてお知らせいたします。