ピアノ指導者のライフコース:3 畠野葵先生
執筆:畠野葵
もともと私はピアノを弾くことが何より好きで、弾いて喜びを感じることで満足していました。一方で、教えることには全く関心がありませんでした。そんな私がなぜ、指導経験がほぼゼロの状態でピアノ教室を開室し、今やピアノ指導者は自分の天職だとまで感じて邁進しているのでしょう?7年前は指導者像や指導法も漠然としか思い描けませんでしたが、一歩一歩学び、経験を積みながら、自分なりの指導法や指導者像を模索してきた過程を、少しお話させていただきたいと思います。
ピアノ指導に対する心境が変化したきっかけは、2人の娘が産まれ、ピアノに興味を示したことでした。家にあるピアノをおもちゃのように触り、音が出ると喜び、弾いてあげると真似っこ遊びのように一緒に弾こうとしました。その姿が愛おしく、「こうやってみるとこんな音がするね!面白いね」などと少しずつ声をかけていくと、本当にスポンジのようにぐんぐん吸収してくれるのです。時にはこちらが予想していなかった反応で返してくれることもありました。
「子どもってすごい!」子どもの無限大な可能性を肌で感じ、ワクワク感が止まりませんでした。何から始めたら良いか分からない状態でしたが、娘たちと一緒に楽しみたい、その一心で、何となく言葉を聞いたことがあったリトミックの勉強をしてみようと2013年春から通い始めました。月に一度、日曜日の授業でしたので、娘たちは主人に預け、3年かけて上級指導の資格まで取得しました。リトミックの勉強をしたり娘たちとピアノで遊ぶうちに、沸々と自分の教室を開きたいと思うようになりました。リトミックの資格を活かすことも少し考えましたが、「やはり私は大好きなピアノを教えたい!」と気持ちが固まり、次女が幼稚園にあがる2015年を目指して自宅にて開室できるよう、準備を進めました。
2015年秋に自宅にて『あおいピアノ教室』を開室した時には、まだ指導経験がゼロの状態でした。開室から2、3年は、知識と現実の差を埋めるべく、恩師である根津栄子先生の主宰するバスティン研究会で勉強させていただいたり、気になった指導法のセミナー等に積極的に足を運びました。多い時は毎日のように通っていたほどです。特に、継続して学べる機会が自分にはとても合っていたように思います。今でもご縁に感謝しながら継続している研究会や勉強会がいくつもあります。ピンときた指導法はすぐに生徒さんへアウトプットし、その反応を見ながら引き出しを増やしていきました。
一方で、バランスよく自分を高めたいと考え、2016年からピティナの指導者ライセンスにも挑戦し、2020年に全級取得することができました。指導者ライセンスの受験を通して、バランスよくインプット&アウトプットすることの大切さを実感しました。アナリーゼができることで演奏に説得力が増し、先生が実際に弾いてみせてあげることで生徒は真似しようと感覚が研ぎ澄まされ、年齢にあった言葉選びをすることで吸収力もあがってきました。これら全てをライセンス受検で学べたといっても過言ではありません。
個人のピアノ教室はどうしても孤独になりがちですし、一つの指導法に固執しやすくもなります。しかし、ライセンス受検で他の先生のレッスンを拝見したり、自分のレッスンに対してのアドバイスをいただけることで振り返るきっかけができ、たくさんの気づきを得ることができました。いつからでも遅いということはなく、まだまだ変われるチャンスがある。とてもありがたい機会だと思います。
開室当初に生徒が少なく不安だった頃、尊敬する方にいただいた言葉で、今でも大切に思っている言葉があります。「自分が患者だとして、例えば昔の知識のまま続けている開業医さんと、経験はあまりないかもしれないけれど常に学会などに出席し新しい研究にも目を向け第一線で頑張る医師、どちらに診て欲しい?」と。そのアドバイスに背中を押してもらい、様々な学びの機会を通して一歩一歩前進し、自分らしい指導者像が見えてきた気がします。
そんな中、コンクールの指導を始めたきっかけは、長女でした。きちんとピアノを始めたのは年長の時でしたが、人前で弾くのが好きなこともあり、また娘を通して自分の勉強にもつなげたいという気持ちもあり挑戦を決めました。2016年の春、長女が小学1年生になって初めて挑戦したのがピティナ・ピアノコンペティションでした。ちょうど同時期に根津栄子先生に娘の指導をお願いできることになり、コンペティション全体のレベルも通過率も何も知らないまま、手探り状態で練習を始めました。
今までの練習では全く足りないと、細かく練習計画を立てたり、歌詞をつけたり物語を考えたり、ソロ曲を連弾にしてあげたり、ピティナ・ピアノステップなどを活用して場慣れさせたりと、考えつくことは色々やりました。まずは予選通過が目標でしたが、通過できると人間欲が出るもので、本選で入賞できたらと思うようになりました。一つ目の本選で娘の足りないところを痛感して落ち込みましたが、それでもあと1週間あると奮起して頑張った結果、全国大会へと進めることになりました。
結果的に、この初めてのコンクール挑戦の経験が指導者としても母としても大変大きな学びの財産となり、次の段階へ踏み出す勇気を得ました。実際に数か月間での娘の「変化」を目の当たりにし、生徒さんたちにも自信をもってお勧めすることができるようになりました。
その翌年から未熟ながらもコンクール指導を始めた私は、「コンクール挑戦を通して成長したい」と同じ志を持つ生徒さんたちに恵まれ、日々精進しております。2019年に初めてピティナ指導者賞をいただき、その後毎年生徒さんが全国大会へと進んでくれるようになりました。実際にコンクールに挑戦している子は一部ですが、コンクールも普段のレッスンの延長だと考え、様々なコンクールや演奏機会があることを生徒さん全員にお知らせするようにしています。コンクールだけが特別とならないように、フラットな情報発信も心掛けています。
コンペティションやステップは、指導者ライセンスやたくさんの先生方のセミナー等で学ばせていただいたことをアウトプットし、指導者としての評価もいただけるよい機会となりました。採点票のコメントは指導者の私にとっても宝物です。
実際に経験することでコンクール指導の難しさと大切なポイントも見えてくるようになりました。まず、コンクールがゴールではないこと、結果が全てではないことをしっかりと納得してもらうことの大切さです。良い時もあれば、頑張ったけれど上手くいかない時、もっと上手な子がいる時もあります。逆に、良い結果だったからと言って決して驕ることがあってもいけません。どんな結果であっても過程が大切で、全ての経験が次へと繋がる財産となってくれるように導くことも指導者の役目です。私自身も常に初心を忘れずに、感覚が麻痺してしまわないように日々心がけています。
選曲についても、生徒一人ひとりの個性や意欲、会場のホールの特徴に合わせて、念入りに弾き比べながらじっくり考え抜く必要があります。その子の魅力を引き出せる曲であることはもちろん、響きの良いホールとデッドな響きのホールでは、テンポやペダルなどの仕上げ方も全く変わってくることも加味しなければなりません。
指導者の直感と生徒の意欲とのバランスをよく見極めて判断しなければならないことも実感しました。ある生徒は、コンペティションの4期4曲を前の先生と選曲後、お引越しで当教室へ移ってこられたのですが、練習を進めていくうちに、別の曲の方が今のその子の魅力をもっと引き出せるのではと感じるようになりました。ここまで練習してきた本人の気持ちを考え悩みましたが、自分の直感を信じて思い切って曲の変更の提案をしたところ、私を信じてくださり、その結果全国大会への切符を手にすることができました。
逆に、指導者が色々考えるよりも「本人が弾きたい!」と強く思う曲で頑張ることも大切だと気付かせてくれたケースもありました。生徒に合うと思う曲を提案しましたが、本人の「絶対にこれが弾きたい!」という意志が固かったので、生徒の意思を尊重して決めました。難しい練習となりましたがギリギリまで一緒に粘った結果、本番では自信をもって思いきり表現することができ、見事金賞を受賞しました。「弾きたい!」という気持ちが何より力になると再確認できた瞬間でした。
本番も、自分の目と耳で生の音楽を感じるのが何よりの勉強だと思うので、できる限り会場へ足を運ぶようにしております。姿勢や腕の使い方、音楽の流れや音質、空気感をも客席から客観的に聴かせていただくことでの気付きに勝るものはありません。
また指導の過程を通して、常に先生の「本気」を見せて真剣に向き合うことこそが大事だということも感じました。どんなに小さな曲でも、どんなに幼い生徒でも妥協せずに先生がしっかりと「こんな音が欲しい」とイメージし、弾いてあげる。その音を出すためにはどこを意識したら出しやすくなるか、どんな練習をしたらよいか、具体的にアドバイスをしていきます。音楽は正解がひとつではないので難しいところですが、だからこそ面白いということを、みんなにも伝え続けております。先生の意見を押し付けるのではなく、その子の持つ音楽性を尊重し、寄り添いながらの指導はなかなか難しいものです。しかし熱意は必ず伝わり、いつしか信頼へと変わっていく、そう信じています。
また近頃は、ピティナ・ピアノステップのアドバイザーとしてもデビューさせていただきました。このお仕事を通して、知らなかった曲と出会い、全国からいらっしゃる先生方とのご縁も増えたことで、自分自身の視野が広がりとても感謝しております。いろいろな先生方のご指導のもと学ばれてきた演奏を聴き、曲に対するたくさんの可能性を楽しませていただきながら、尊敬の意を表し精一杯メッセージを送らせていただいております。より瞬時に、的確に、ポイントを押さえてアドバイスをするためにも、より多くの演奏を聴き、これからも学び続けたいと更に思うようになりました。
ステップでは、参加者お一人お一人にドラマがあり本番を迎えています。娘や生徒さんたちも思春期に入り、様々な葛藤の中でピアノを続けることの難しさを目の当たりにして、当たり前、普通なんてどこにもないことを感じています。60字コメントから一人一人のバックグラウンドを想像して、限られた時間内でコメントを書かせていただくためには、演奏の知識に限らず人間としての幅広い感覚が必要だと感じました。それを身につけるためにも、これからもっともっと経験を積んでいきたいと感じています。
ゼロから一歩一歩学び、生徒と共に、多くの指導者の先生方に支えていただきながら様々な経験をして学んできた私ですが、やはり原点は日々のレッスンだと思っています。今まではがむしゃらに走り続けてきた感じがありますが、一人一人に寄り添いながら日々のレッスンを大切にし、それぞれの生きる力も伸ばしてあげられる指導者になりたいです。学んでも学んでも自分の未熟さに落ち込むことは多々ありますが、私自身が前を向いて進化し歩き続けることで、少しでも多くの生徒さんたちが輝くお手伝いをさせて頂ければ嬉しいです。
ピティナ指導者ライセンス全級合格体験記Vol.28「生徒たちと一緒に収録にも挑戦」