ピアノ指導者のライフコース:2 末髙麻美先生
執筆:末髙麻美
ピアノ指導者は一体どんな日々を送っているのでしょうか。何を考え、何を感じ、どんな行動を起こしているのでしょうか。
一口に「ピアノ指導者」と言っても実に様々な形があります。「ピアノ指導者のライフコース」を考えるにあたり、私の日々の生活のスタイルや考えなど、ありのままのピアノ指導者の姿をお伝えすることを通して、少しでもピアノ指導者という仕事をより身近に感じ、形式にとらわれない自分だけのピアノ指導者像を描く助けになればと思います。
私は現在指導者として、ヤマハ音楽教室で1歳から高校生までのグループレッスンを担当し、ピアノに加え、幼児向けのソルフェージュやエレクトーンも指導しつつ、自宅で個人レッスンをしています。レッスンの合間に自己研鑽のため、ピティナ・ピアノコンペティションのグランミューズ部門に毎年挑戦すべく、自分自身のレッスンにも通っています。平日の午前中と日曜日には合唱団の伴奏者としても活動しています。丸一日お休みの日は、月に1、2日程度です。
私がピアノ指導を始めたのは、音楽大学に通っていた頃でした。当時も今も手探り状態ですが、生徒も指導者も生身の人間ですから、それは当たり前のことだと思っています。指導者として常に研鑽を積み、その時の最大限の知識と誠意をもって、日々変化する生徒と接するようにしています。
ただ、ピアノ指導を始めた頃から変わらない信念があります。それは生徒たちにピアノを通して伝えたい想いです。「1.音楽は楽しい!」「2.努力することの大切さ」「3.一生音楽を継続することで人生は豊かになる」私は日頃からこの3つのテーマと向き合いながらピアノ指導にあたっています。
ピアノを習い始めた子どもたちに「音楽は楽しい!」と思ってもらうためには、ピアノを好きになってもらうことと同じくらい、先生を好きになってもらうことも大切だと感じます。生身の人間同士が何年、何十年間と週に一度必ず顔を合わせるので、お互いの人間性を理解し合わないとレッスンは成り立ちません。私も子どもの頃に習っていた先生が大好きで、先生との出会いのお陰でピアノ指導者としての私があると言っても過言ではありません。
また、ピアノを習っていると学校行事等でピアノ伴奏をすることが多くなります。人前で発言したり目立つことが苦手だった私でしたが、ピアノ伴奏は苦ではありませんでした。人前でもピアノ演奏ならできる自信があったからです。演奏をたくさんの先生方や友達、保護者の方々に褒められるのも嬉しく、そのような経験が更なる自信に繋がったと確信しています。生徒たちにも、音楽を通じて自分に自信を持てる経験をすることで、さらに「音楽は楽しい!」と感じてもらえるよう、積極的に応援していきたいと思っています。
ピアノを習う上での最大の難関、それは毎日つきまとう練習ですね。私もかわいそうだと思いつつも、自分が子供の頃に課されたように「ここからここまで、毎日20回練習ね!」と宿題を出しています。辛いんです、大変なんです。自分のコンペティションに向けても、自身にやはり同じ練習方法で課題を課し、同じく辛い思いをしています。でも、練習すればできるようになるのです。その達成感を味わってほしくて、私は敢えてシンプルで解り易いこの方法で宿題を出しています。
そして、このコツコツ積み重ねる努力によって、必ず忍耐力が向上します。ピアノを習っている子どもたちはやはり勉強もコツコツやりますし、部活で辛いことがあっても簡単にはくじけません。先日も生徒が部活の愚痴をこぼしていたので、「そんなに辛いなら部活を辞めるのも選択肢の一つじゃない?」と言ったら、「そんなのダメ。自分に負けたみたいで嫌」と返答されました。
以前生徒がステップを受けた時のアドバイザーの先生がこんなお話をして下さいました。
「皆さん、本日は素敵な演奏をありがとうございました。今日、この場で演奏された皆さんはとても凄いことをしました。大勢のお客さんの前で、1度弾き始めたらとにかく最後までピアノを演奏したのです。演奏は消しゴムで消せません。途中トラブルがあっても止めることは出来ません。逃げ出したくても舞台上から逃げることも出来ません。そんな中、皆さんは何が何でもゴールまで辿り着いたのです。つまり、1つのことを最後までやり遂げる力があるのです。素晴らしいことだと思いませんか?」
―ピアノを演奏することは、「何事も最後までやり遂げる力」へと繋がっていくー
この素晴らしい言葉、私は新しい人生に巣立っていく生徒たちに必ず話すようにしています。
昨今のネット社会では、考えなくても、努力をしなくても簡単に結果を導くことが出来ます。ネットで調べたことと、自分自身で努力をして手に入れた真実、どちらが記憶に残るでしょうか?こんな世の中だからこそ、ピアノを通して努力する経験をたくさんして欲しいと思っています。
歌うことやピアノを含め様々な楽器を演奏することは、運動よりも生涯長く付き合える趣味の一つになり得ると思います。90歳を過ぎてのサッカーやマラソンは厳しくても、ピアノや歌なら楽しく出来て、きっと張り合いのある毎日を過ごせるでしょう。
また、日々楽器を演奏している人は向上心があり、音楽以外のこともコツを掴む能力にも長けていると感じます。料理の際にも、楽譜を読み進めるように常に先の作業を考えたり、スポーツをする際に、ピアノを弾く時に腕の脱力に注意するように、不用意に身体を力ませないようにすることもできるなど、楽器を弾く能力が転用できる場面も多くあります。
私が伴奏しているある合唱団の平均年齢はおよそ75歳。40名近くの方々が在籍しているのですが、皆さん本当にお元気です。病気をしても仲間が待っていてくれる、身内の介護で辛くても一緒に歌ってくれる仲間がいる。音楽が人生を生きる意味になっていることを感じます。生徒を指導する上でも、目の前の技術の向上だけでなく、生涯にわたって音楽を楽しむことができる素地を作れたらと思っています。
私は日頃このようなことを考えながらピアノ指導者としての毎日を過ごしています。そして常に追い求めているのが「理想的な指導者像」についてです。生徒が辞めなければ良い先生?怒らない、やさしい先生は良い先生?生徒のピアノ技術の上達だけにフォーカスする先生が良い先生?ピアノ以外にも生徒一人ひとりに親身に寄り添える先生が良い先生?もちろん全て叶えられれば文句なしの先生像ではありますが…。悶々と悩む私に「理想的な指導者像」を描かせて下さった先生がいます。それは、今師事している樋口紀美子先生です。樋口先生は「良い指導者は良い演奏者でなければならない」といつも仰っています。そして先生ご自身も後進の指導をしながら、常に精力的に演奏活動をされています。その背中を見て、門下生たちは切磋琢磨して自身の道を切り拓いていくのです。
私も先生のアドバイスを受けながら、以前なら考えもしなかったコンペティションに毎年挑戦しています。選曲は先生と話し合いながら、勉強になる曲、得意分野の曲、全く弾いたことない作曲家の曲、どれに挑戦するかを決めます。今年のコンペが終わるとすぐに来年の選曲に取り掛かるので、練習期間はおよそ1年です。参加部門によって曲数は異なりますが、1曲もしくは2曲に1年かけて取り組むので、真摯に曲に向き合うことができてとても良い勉強になります。自分のレパートリーも着実に増えます。何より、生徒が同じ曲を弾くことになった時にも、自分の実践内容まで伝えられるかなり深いレッスンができ、自分の指導力アップにもつながっています。実際、不登校で悩んでいたある生徒は、私のレパートリーを発表会などで弾くうちに色々と弾けるようになったことに喜びを感じてくれたようで、音大受験を検討する程成長してくれました。音楽が彼女の人生に生きる意味と明るい未来を与えてくれました。このような経験を指導者としてできるのも、演奏者としての自分を磨き続けようと努力した成果の一つだと思います。
さらに、演奏技術の向上はまた違う形で私の音楽人生を拡げてくれました。合唱団で伴奏をしていた私のピアノを聴いて下さった方々から、自分の合唱団でも伴奏をして欲しいとの依頼が舞い込み、現在二つの団体で伴奏者として仕事をしています。
一つはシニアの方たちの団体で、音楽経験の有無に関わらず楽しく歌っています。生演奏をとても喜んで下さり、私を自分の子供かのように優しく接して下さいます。人生の大先輩でもあるので、老後のこと、介護のこと、年金のことなど、両親も知らない世界の話を聞ける貴重な機会でもあります。ピアノ指導者として生活していると、接する世代は殆どが子供とその親世代なので、合唱団の伴奏を通して、自分の関わりの少なかった世代の方々との接点が増えたことは、自分の経験値をあげる良い機会となりました。
もう一つは社会人合唱団です。保育士、エンジニア、銀行員、企業の取締役など色々なお仕事をされている方たちなので、基本的に活動日は日曜日になります。皆さん高校や大学で合唱経験があるので、色々なジャンルの合唱曲に挑戦しています。ピアノが弾ける人は、子供の頃から伴奏者として学校行事に参加することが多く、合唱曲は知っていても実は歌った経験はほぼゼロという方も多いと思います。合唱をされてる方々は活発に意気揚々と過ごされている方が多く、自分もいつか歌いたいなと前々から思っていたところ、こちらの社会人合唱団では伴奏者の必要ないアカペラの時は私を歌い手にまわして下さることになりました。これはソロで活動するピアノ奏者にはありがたい経験です。みんなで音楽を作りあげる難しさとできた時の喜びを感じることができ、伴奏者としての経験値も上がり、グループレッスンでアンサンブルをする子どもたちの気持ちを理解するきっかけにもなりました。何より「音楽って楽しい!」と改めて実感できるひとときとなっています。伴奏者としてはお仕事ですが、アカペラの時は趣味の時間。まさに仕事と趣味の融合です。仕事と趣味の境目が曖昧だなんて、贅沢ですよね。これを叶えられるのもピアノ指導者の醍醐味です。実際私の周りのピアノ指導者で、この仕事が嫌だとか辞めたいという愚痴は自分を含めあまり耳にしたことがありません。
このように、演奏者として、伴奏者として力を入れてきた経験が、私のピアノ指導者としての器を広げ、そして音楽の楽しみも広げてくれていると感じています。収入の安定や社会保障の問題、帰宅時間が遅く夕飯を食べ過ぎてダイエットには不向き、など色々とありますが、多くの人が人生の大部分を仕事をして過ごすことを考えると、その時間を有意義で楽しい時間にするか、ただただ時間の流れに身を任せた辛い時間にするか、是非ご自分のライフコースを検討してみて下さい。
こちらの円グラフは私の平日のライフスタイルです。ほぼ移動とレッスンで占められていますが、少しだけ趣味のヨガの時間もとれています。練習も大切ですが息抜きも必要です。身体を動かすことで、ピアノ演奏では使わない部分を動かせたり、身体の使い方の癖がわかったりと、新たな発見があることも少なくありません。
こちらの円グラフは日曜日のライフスタイルです。日曜日はなるべく自由な時間を取って、ゆったり過ごすように心がけています。合唱団の練習が入ることが多いのですが、自由時間を多めに取って、外食をしたりドライブに行ったり、家で映画やドラマを観たりと好きなことをして過ごします。
以上が今までの私のライフコースと現在の日々です。大変なこともたくさんありますが、数々の人と出会い、色々な人の成長過程に関わり、様々な人の人生に寄り添いながら生きていく。こんなに一人の成長を近くで見守り、深く関わることができる仕事はなかなかないと思います。そして、生徒一人ひとりの成長過程とその後の人生全てが、私にとっての宝物です。そのためであれば、ピアノ指導者のライフコースも、形式にとらわれず自由な発想で様々な形があってよいのではないでしょうか。
人は心が動かされる経験を大切にすることで人生が豊かになるのだと信じています。その経験の一つがピアノの経験であると嬉しいな、と日々願いながらこれからもレッスンを続けていきたいと思います。
ピティナ指導者ライセンス全級合格体験記Vol.37「良き指導者・演奏者へ」