みんなが主役になれる発表会をめざして(執筆:桃原聡子)
執筆:桃原聡子
年1回の発表会。生徒たちみんなが楽しみになるような、記念に残る発表会にするにはどうしたらいいか。教室を始めたばかりのころは生徒から「緊張するから発表会は出たくない」というネガティブな意見が聞かれることもありました。
10年経った今は、「自分の子どもだけでなく他のお子さんの1年の成果が聴けるのを楽しみにしている」というご家族からの声や、「本番が楽しみ」「知らない曲に出会えるから楽しい」という生徒からの声が聴かれるようになりました。お祭りのようにみんなに楽しんでもらいたいと思い、毎年準備しています。
教室を始めたばかりのころは、選曲はクラシックに限定して、私が生徒それぞれのレベルに合わせて候補を挙げた中から、生徒自身に選んでもらう手法をとっていました。
ある時、生徒から「どうしてもディズニーの曲が弾きたい」との声が。もし許してしまったら、他の生徒たちもポップスばかりの選曲が並んだ発表会になってしまうのでは…と不安になり私は黙ってしまいました。「普段のレッスンではクラシックばかりだし、いつ弾きたい曲を弾かせてもらえるんですか?」と保護者から言われ、押しに負けた私はその年初めて、生徒が主体になって選曲を決める自由曲制で発表会の選曲をすることにしました。普段のレッスンもやる気がなく、ピアノをやめてしまいそうな雰囲気だったその生徒は、みるみるうちに目を輝かせ自主的に練習に励み、難しいリズムにも根気強く向き合っていました。自分で決めた曲だからこそ、「きれいに弾けるようになりたい!」という気持ちが強いようで、難しいから弾けないと途中で投げ出す生徒や、いやいや練習しているような生徒は見られなくなりました。
また、クラシックが弾きたいという生徒は必ず一定数いて、私がかつて心配していたようなポップスばかりのプログラムになるようなこともありませんでした。クラシックに限定せず、様々なジャンルの曲がミックスするようになったことで保護者からも「聴いていて飽きない、楽しいコンサートになりましたね」と言っていただけるようになりました。また、ポップスに取り組むようになったことで、クラシックにはないリズムの勉強ができる利点もありました。
「自分の弾きたい曲を一番かっこよく、素敵に演奏したい」という生徒たちのモチベーションが、前向きに発表会に取り組む雰囲気へと変えました。
ピアノは一人で演奏する楽器ですが、ピアノ1台で手軽にアンサンブルが経験できるのが「連弾」です。発表会で連弾に取り組んだことをきっかけに、連弾でコンクールに挑戦する生徒も多くなってきました
昨年の発表会で連弾に参加した生徒とその保護者に、参加してみた感想、連弾を取り入れることで、実際にどんな効果があったのかアンケートをとりましたので紹介します。
- 二人で合わせると曲のイメージがふくらんで、音楽になっていくのが楽しい。
- 連弾をやってよかったことは相手の気持ちがわかるようになった。ピッタリ合わせられた時が最高に気持ちよい。
- 連弾をやる前は、連弾は簡単だと思っていたのに、テンポが走ったり音がずれたり、思いのほか難しく合わせる難しさを知った。ソロの時もしっかり自分の音を聴いて演奏しようと思った。
- 連弾は自分だけが目立ってもバランスが悪い演奏になってしまうことがわかった。一人で弾くときも、メロディーと伴奏のバランスに気を付けようと思った。
- お互いの音を聴いて弾く力や、お互いの意見を取り入れながら練習することで協調性が育まれ、ソロでも自分の音を聴いてその曲に合わせた表現を考えて演奏できるようになりました。
- 相手を意識しながら弾くので、注意力や音を聴く力、考える力を意識せずとも自然と使えていて、二人でリズムを合わせるのでリズム感も養われていると思います。
- 一人では感じられなかった相手への責任感を感じたようです。練習しないと相手に迷惑がかかってしまうという気もちが練習へのモチベーションになり、その気持ちはソロでは育たなかったかもしれません。
- 演奏前や演奏後の声掛け、どちらかが失敗したときの反応などを見ていても相手を思いやる気持ちが育ったように思います。二人で曲を作り上げようというチームプレーのような気持ちを経験させることができたと思います。回を重ねることで二人の息が合うようになって阿吽の呼吸のようなものが出てきたようです。
連弾では、二人で衣装を合わせたり、コスプレもOKにしていて、目で見ても楽しいエンタメ要素も取り入れています。演出の方法は自由なので、曲の世界観が表せるように、衣装だけでなくお辞儀や登場の仕方から相談して、こだわっているペアもいます。連弾を初めて見る生徒さんも「なんか楽しそう!やってみたい!」と関心を持って聴いてくれます。アンサンブルへのハードルを下げて、お祭りのような楽しい雰囲気で連弾を経験してもらいたいと思っています。
私の教室では、コンクールに参加していない生徒も多いです。コンクールに参加している生徒たちは表彰される機会がありますが、コンクールに参加していなくても、毎回たくさん練習して地道に努力できる生徒さんを、みんなの前で評価してあげたいと思ったことがこの取り組みを始めたきっかけです。
1曲合格したら1マス、練習カードが1枚クリアしたら6マス、発表会など教室イベントで演奏したら3マス、ステップで演奏したら4マス、コンクールで入賞したら5マス…など、このように進んでいきます。
100マスをクリアした生徒さんには賞状とプレゼントを贈呈して毎月発行しているおたよりに顔写真付きで掲載します。発表会の中で行われる表彰式では、ステージに上がってもらい、名前を読み上げて表彰します。
「ステージで表彰されたい!」という思いが普段の練習のモチベーションを高めて、コンクールなどさらなるステップへの動機付けにつながっています。
「メッセージカードを書こう」という企画をしています。お友達や家族からはもちろん、教室の誰かが自分の演奏を聴いてくれていることが生徒たちには励みになっているようです。のちに集計して一人ずつに渡すのですが、手書きのメッセージが嬉しいようで、にこにこしながらみんな読んでいます。
毎年1人1枚は必ずメッセージカードがもらえていて、多い生徒では1人で20枚くらいもらえている生徒もいます。「今年もたくさんメッセージがもらえるように、もっときれいに弾けるようにがんばる」と張り切って、最後の仕上げがグッと良くなる生徒もいます。
メッセージカードは一人何枚でも書けるので、積極的に他の生徒の演奏も聴いてメッセージを書いているようです。どんなところが良かったかを具体的に聴く鑑賞の勉強にもなります。テンポ、リズム、音色、音楽の流れ、表現…などレッスンで伝えていることが自然と聴くポイントになっています。
曲目だけを載せたプログラムを作っていた時は発表会後にプログラムがたくさん余ってしまうことが悩みでした。そこで、一人ずつ顔写真とひとことメッセージを載せたページを追加して一冊の本のようなプログラムを作ることにしました。
保護者も生徒も「記念に残る」、と喜んでくれて、発表会が終わった後も「親戚にも配りたい」とプログラムがあっというまになくなってしまうほどです。顔写真を掲載したことで、見かけたことしかなかった生徒の名前も覚えられて、メッセージカードを書いたことがきっかけで交流が生まれることもあるようです。
私自身も、講師演奏でソロを演奏するときはドレスを着て演奏します。生徒さんと一緒に毎年連弾もしているので、登場からの演出を考えたり、コスプレをしたり、Tシャツを作ったりして一緒に楽しんでいます。
先生も、演奏の時は生徒と同じようにドキドキするし、時には演奏を失敗することもあるかもしれません。その時にどんなことを考えて、どうやってカバーするかということを実践として見せることもできるのです。何より、先生が楽しそうに演奏したり、演出している姿を見せることが生徒たちにとっても刺激になると思います。
発表会を通して生徒が成長できることを大切に、よりよい演奏ができるようにしっかり準備して、心から楽しみになる発表会を目指してきました。
最初の数年間は発表会後に保護者アンケートをとって、みんなが楽しめる発表会はどんな形にすればよいかを考えていました。「写真撮影できる映えスポットが欲しい」という意見には、ロビー装飾を考えて映えスポットを作りました。
アンケートの意見すべてに応えることはできませんが、どんな発表会にしたいかを考えるための参考になるかもしれません。私自身も、まだ発表会の中でやってみたいアイディアは他にもあり、今なお進化の途中にあります。