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新しいレッスンの形:出張ピアノレッスン(執筆:篠田美優)

指導のいろは
新しいレッスンの形:出張ピアノレッスン

執筆:篠田美優

ピアノ教室の開業と言えば、自宅の一室やテナントを借りてレッスン環境を整え、生徒さんをお迎えして指導する、というイメージをお持ちの方が多いと思います。しかし今の時代、教わる側、教える側両方にとってより柔軟な選択肢が広がっています。それが生徒さんのご自宅へ訪問し指導をする「出張レッスン」です。

私は大学在学中から出張レッスンを始め、今年で10年目になります。講師側、生徒側それぞれの視点から、出張レッスンのリアルな魅力や課題をご紹介します。

1. 出張レッスン専門に踏み出したきっかけ

出張レッスンに特化したピアノ教室の開業を本格的に始めたきっかけは、ある日のランチタイムの雑談から生まれました。当時ピティナの本部事務局でWキャリア職員として働いていた私は、先輩社員から働くママさんたちの生活スタイルや本音を聞いたのです。終業後はダッシュで保育園や学童へ子どもを迎えに行き、帰宅したら休む間もなく夕飯の用意。平日には時間の余裕がなく、送迎のある習い事をさせるのは難しいとのこと。「習い事の先生が家に来てくれたら楽なのに」という声に応えたいと思い、このスタイルに特化することを決めました。

2. 生徒側から見た出張レッスンの魅力
(1)時間の節約

実際私の教室の生徒の多くが、出張レッスンを選んだ理由として「忙しいから」と答えます。前述の通り、「子どもにピアノを習わせたいけれど、平日は時間に余裕がない」という親御さんだけでなく、「昔習っていたピアノを再開したいけれど、仕事が忙しくて通えない」という社会人や、「もっとピアノを続けたいけど、部活との両立が難しい」という中高生なども多く在籍しています。

大人だけでなく、今の時代はお子さんも忙しい時代。小学生の生徒の週のスケジュールを聞くと、学校の宿題、週に5~6つの習い事、中学年以降は受験に向けた塾通いなどで、確かに「忙しい」のは事実です。出張でのレッスンを選択することで、教室への通学時間を節約でき、塾や部活、他の習い事との両立がしやすくなります。

(2)保護者の送迎が不要になる

特に小さいお子さんの場合、出張レッスンでは一人で通わせる不安もなく、毎回の送迎の手間も省けます。この手間と時間の節約に加え、お子さんのレッスンをしている間を、つかの間の自由時間として充てることも可能です。実際、ある生徒のお母様からは「先生がレッスンしてくださる間に、私は落ち着いて夕飯の準備ができるので助かります!」という声をいただいています。

(3) リラックスしてレッスンを受けられる

特に小さい生徒さんの中には、場所見知り、つまり環境が変わると緊張してしまう傾向にあるお子さんもいます。自宅という安心できる場所でレッスンを受けることで、集中力も発揮しやすくなります。

(4) 贅沢にマンツーマンレッスンが受けられる

大手の音楽教室は特に小さいお子さん向けにグループレッスンが多い中、出張レッスンでは必然的に1対1の個人レッスンになります。他の方のレッスンや話し声が気にならないため、生徒さんは集中力を保ちやすく、先生との密なコミュニケーションが取りやすくなります。

3. 講師側から見た出張レッスンの魅力と課題

次に、講師としての視点から、出張レッスンに関する私が感じたメリットとデメリットを紹介します。

メリット
(1) 経費の削減

教室を運営するためには、テナントを借りたり、レッスン用に優れた防音設備を自宅に用意したりするための多額の費用がかかります。教室を開業しても、生徒が集まるまで時間がかかることもあり、赤字になるリスクも伴います。しかし出張レッスンの場合、独自のレッスン環境を整える必要がないため、生徒が集まらない場合でも赤字になることはありません。大きな金銭的リスクを取ることなく、教室運営をスタートできることが大きな利点です。

(2) プライベートとの両立

すでに知名度や実績のある指導者ならまだしも、ピアノ指導を始めたばかりの新米指導者のもとに習いに来てくれる生徒は、「家から近いから」という理由が多くを占めるでしょう。結婚などのライフイベントで少しでも離れた場所に引っ越すことがあれば、生徒数は激減してしまいます。しかし出張レッスンでしたら、自分の住む場所が変わったとしても、通える範囲であればレッスンを続けることができます。私も2年前に同じ県内での引っ越しを経験していますが、当時の生徒さんのレッスンを続けることができています。

次の2つは指導の中で感じているメリットです。

(3) 練習環境がよくわかる

ピアノの種類や置き場所など、生徒さんの練習環境を直接理解できるのもメリットです。例えば生徒が使用している電子ピアノがある一定の音色までしか表現できない場合、それに合わせた練習方法やアドバイスが提案できます。

(4) 保護者とコミュニケーションが取れる

お子さんのレッスンの場合、基本的に保護者が在宅しているため、毎回お話する機会が得られます。そのため宿題の有無やテキストの進捗状況などを共有することができます。また、親御さんにも近くでレッスンを見学してもらえるため、毎回の成長を肌で感じてもらえますし、教室の行事にも積極的に参加してもらいやすくなります。

続いて、講師として感じるデメリットと、その対策についてです。

デメリットと対策
(1) 楽器の問題

出張レッスンをする上で私が感じている最も大きな課題は、レッスンで使用する楽器の問題です。現在、在籍する生徒さんの約8割が電子ピアノを使用しています。私が活動範囲としているエリアはマンションに住んでいる方が多く、たとえ経済的に余裕があったとしても、住環境の問題でアコースティックピアノの購入が難しい、というご家庭も多いのが現実です。そのため、発表会やコンクールの前にはグランドピアノのあるスタジオを借り、タッチや響きの違いを経験してもらう機会を設けています。

(2) 移動時間の問題

基本的に徒歩での移動のため、とにかく体力を必要とします。天候が悪い日や体調がすぐれない日には、正直なところきついと感じることもあります。コロナ禍で得たスキルを使って、悪天候の際はオンラインレッスンに移行するなど、柔軟に対応してもらっています。

(3) 時間調整の難しさ

生徒さんがレッスンを欠席すると、中途半端な空き時間が発生してしまいます。自宅や店舗でレッスンをしている場合、その時間を自分の練習時間に充てるなど、有効に使うこともできますが、出張レッスンの場合はどこかで時間を埋めなければなりません。私はカフェで読書や事務作業をしていることが多いです。

指導者としての願い

私の一番の願いは、音楽を長く続けてほしいということです。しかし、今の時代は大人も子ども忙しさに追われる日々を送っています。この現代の忙しさが、本当はピアノが好きで続けたいと願う人々にとって、ピアノを諦める理由になってしまうこともあるのではないかと思います。
だからこそ、私は出張レッスンという新しい形をさらに広めていきたいと考えています。また、若手の指導者や、これから指導者を目指す学生さんたちにも、出張レッスンをひとつの選択肢として考えていただけたら嬉しいです。
音楽を愛する人たちが忙しさを理由にピアノを諦めることなく、少しでも長くピアノを学び続けられるためのお手伝いができたら幸いです。

篠田美優
しのだみゆ◎神奈川県出身。桐朋学園女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学卒業。出張ピアノレッスンChez toi(シェトワ)主宰。第22回日本クラシック音楽コンクール第5位。他多数のコンクールで入賞。2018年、横浜新人オーディションに合格し、みなとみらいホールにて新人演奏会に出演。大学在学中よりピアノ指導を始め、現在はソロ・伴奏などの演奏活動とともに後進の指導に力を入れている。横浜音楽協会会員。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会指導会員。

指導のいろは
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