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ピアノ教本についての豆知識(2)(執筆:丸山京子)

指導のいろは
ピアノ教本についての豆知識(2)

執筆:丸山京子

はじめが肝心!さて、教本を選ぶ前に考えておきたいこととは⁈
ピアノの先生になったばかりの頃は、つい日々のレッスンに追われて、1年後、3年後、5年後・・・というように長いスパンで生徒さんたちの成長の姿を想像することは難しいものです。しかし、指導者が生徒さんたちにこんなふうに育ってほしいという理想を持つことはとても大切です。なぜなら、どのような育て方をすれば理想に近づいていけるのか、色々と考えをめぐらすことで指導目標が少しずつ明確になり、その目標に近づくためには、どのような学習内容、指導法がよいかを具体的に考えることができるからです。

指導者としての一歩を踏み出したら、「何を教えるか」や「何で教えるか」よりも、「どのように育てたいか」をまず考えたいものですね。そうすれば、自分の目標や理想に向かってどのような内容をレッスンに盛り込めばよいのか、内容に即したレッスン時間の使い方や具体的な教本選択の基準が見えてくるはずです。今回の稿では、知っておきたい教本を選ぶ際の視点についてお話ししましょう。

1.メソッドの違いが現れる様々な学習 はじめの一歩

ピアノ指導は生徒さんの年齢や成長発達度などによって、柔軟に対応することが求められます。特に幼児期の子供たちは、身体の機能や理解力などが未発達なため、レッスンで使う指導の言葉や学習内容の運びなど、様々な面で工夫しなければなりません。
どのような工夫がどのような場面で必要なのかを考える時、各メソッドに盛り込まれた様々な学習法は、レッスンを進める上で大きなヒントになります。まずは、教本のタイプや教本の中で扱われる学習法のあれこれをざっくりと知っておきましょう。教本を見るときの視点が明確になり、教本を見比べるのが、きっと楽しくなるはずです。

読譜

ピアノを指導する上で避けては通れないのが、読譜です。楽譜が楽に読めるようになるまでには、言葉の習得と似た道筋を通って経験を積み重ねながら学習を進めていくことになります。最初は、音符を読むから、次第に音楽を読みとって感じることができるようになることが理想です。
この読譜につまずいてしまうと、ピアノが嫌になってしまう学習者が出てしまうことにも繋がります。細々とピアノ学習が続いたとしても苦労が多く、思うように学習が進まなくなってしまうので、ピアノを指導する上で大切にしたい学習内容の一つですね。

導入レベルの教本で出会う読譜学習法には、大きく分けて2通りあります。五線譜に書かれた音を音部記号(Clef)に即して読む読譜( 絶対読譜 )と、五線譜や音部記号を用いずに音の高低やリズムなどを読む読譜( 相対読譜 )です。相対読譜は、導入レベル向けの教本で5線読譜に慣れていくための導入法として用いられている場合がほとんど。世界各国の初心者や幼児向け教本で、様々に工夫された読譜学習法が用いられています(例えば、全く線のない高低の違いだけに意識を向けさせる読譜、1線、2線・・・と線を徐々に増やして学ぶ方法、線と間を識別させる方法など)。メソッドの特色が顕著に表れるのがこの読譜学習法で、教本の最初歩レベルを見ると一目瞭然です。相対読譜は楽譜の原理を理解する上でとても役に立ちますから、指導の引き出しとして、是非知っておきたい読譜法ですね。

相対読譜の中でも、左右の指使いの方向を音高やリズムと同時に読んでいく読譜をプレリーディング
(指向性読譜)と呼び、1900年代後半に次々に紹介された米国の教本の多くで共通して用いられています。現在では、日本をはじめ世界各国のピアノ教本で様々な相対読譜法が用いられていて、総じてプレリーディングと呼んでよいと思います。

キーポイント「読む」が先か、「聴く」が先か

耳を育てることは音楽学習ではとても大切です。特に幼児期は感覚の発達が旺盛な時期で、楽譜を読むよりも先に、音を聴き覚えて音感を身に着けてしまうこともあります。レッスンでは楽譜を読むことがおろそかにならないように、耳を育てつつ読譜力を育てる上で大切な、指導のバランスに常に配慮することが必要です。初心者の中でも特に幼い子供たちには、わかりやすく興味が膨らむような指導の工夫が求められますから、様々な相対読譜法や耳を育てる工夫など、色々な教本の導入レベルを少し覗いて探検してみると、参考になることがきっと見つかるでしょう。

鍵盤学習

初めてピアノを習う人にとって、左右の指を独立させて、それぞれ全く違う動きを同時に行うことは、
とても難しいものです。鍵盤学習をどのように始めるかは、最初歩で指や手をどのように使うのかと密接な関係があり、教本には、年齢やレベルに合わせて、わかりやすく楽しく学べるように様々な工夫が見られます。
身体の発達度を考慮して、読譜力や耳を育てること、奏法にも配慮して書かれているなど、教本によってどのような工夫がされているかを知っておくと、実際のレッスンで指導のアイデアとして大いに活用できます。

たくさんある指導法からいくつか選び、鍵盤導入法の例を挙げてみましょう。

  • グーパーモーションや指定された指で黒鍵奏から導入
  • 中央のドに左右の親指を置き(ミドルCポジション)音域を上下に少しずつ広げていく。指は左右同じ指使いで1→2→3→4→5と順次使う指と音を増やし、学習する音は反進行で音域が広がっていく(ミドルCポジション)。
  • ドレミファソのポジションに両手の5指を載せて片手ずつから平行進行の音を弾く。左右の指は互いに反対向きに使う。
  • 1本指奏法で左右交互奏からスタートし、音をつなげるレガート奏法と響きを感じながら弾く学習をスタートさせる。
調性の学習

♯や♭がたくさんついた楽譜を読むのは、学習経験を積み重ねても煩雑に感じることが多いものです。しかし、色々な調があるからこそ、音の世界は色彩豊かな響きであふれていて楽しいのです。ピアノ学習が進むと、様々な作曲家作品の世界に触れるようになり、色々な調で書かれている作品と向き合うことになります。作品をより深く理解するために、調号や調の仕組みについて学ぶことはとても大切です。

時代の変遷によって、作品の中で使われる音の世界はどんどん広がり、調の扱い方をはじめ作曲様式は多様になっています。そういった視点を持ってピアノを学ぶことは、時代によって異なる演奏様式や楽器の歴史的変遷についても意識を向けることに繋がり、ピアノ学習は進めば進むほど興味深く、豊かで楽しいものになるはずです。
教本で扱われる調性の範囲や調についての学ばせ方など、各メソッドによって違いがありますから、是非目を向けて頂きたいですね。

前編の稿でも触れましたが、初心者向けの教本には、調号学習が登場しない、あるいはハ長調の作品だけを学ぶように構成されたものがある一方で、最初歩から様々な調を調号やその仕組みとともに学ぶように構成されたものもあり、実に多種多様です。バロック作品から現代曲まで様々な時代の作品に取り組むことを見据えて、長短調だけでなく教会旋法、無調や多調(複調)の音楽、12音技法のしくみまでを、わかりやすく解説している教本もありますから、教本を選ぶ上での大きな視点の一つになります。

音価の学習

読譜学習の第一歩は、音符について知ることですね。世界の教本を見渡すと、音符の長さと分割についての学ばせ方も各メソッドによって違いがあります。日本で現在出版されている教本では、四分音符(♩)から音符学習がスタートする教本が圧倒的に多いのですが、全音符からスタートするもの、リトミックの考え方を取り入れて、言葉や体の動きと結び付けて音の長さの違いを感じることから音価を学ぶものなどに分かれます。その基本的な考え方は、最初歩レベルにおける各メソッドの音符や音価についての解説や最初に登場する楽譜に現れています。ここでは以下の2つについてお話ししましょう。

  • 四分音符は1拍、二分音符は2拍、全音符は4拍、幼児向け教本では、四分音符はリンゴ1個、二分音符はリンゴ2個、全音符はリンゴ4個分という足し算的発想で音符を学ばせる考え方で学習が始まる。
  • 全音符をリンゴ1個分ととらえ、4分音符は全音符(リンゴ1個)の4分の1、2分音符は2分の1(リンゴ半分)という分割(割り算)的発想で学習が始まる。

音符は、二分音符(Half Note)、四分音符(Quarter Note)のように、全音符(Whole Note)をそれぞれ分割する発想に基づいた名称がつけられていて、後者は音符の意味に沿った学習法と言えるでしょう。幼児には、分割の意味を理解するのが難しいため、足し算的発想で音符学習を導入している教本が多いのかもしれませんね。幼児向け教本では、わかりやすくするために挿絵を使うなど、いろいろな工夫がされています。音符の分割の意味はとても大切ですから、指導者は、それを念頭に置いてレッスンに臨みたいですね。

2.メソッドの違いは、はじめの一歩だけではない!?
①執筆者について

教本は、一人の作曲家や音楽教育者によるもの、共著作品など、その書かれ方は様々です。
一人の著者が、隅々までこだわりを持って執筆している教本がある一方で、中には、非常に多くの作曲家や演奏家、教育者を学習曲の執筆者(作曲、編曲、作詞)として起用していながら、教本の執筆者としては名前が表紙に出ていない教本もあります。それも含めて、執筆者や出版社の方針と受け止めて、メソッドと呼んでよいと思います。

②対象年齢について

各教本で設定された対象年齢は一つの目安ですから、こだわりすぎず参考程度に受け止めることが肝要です。海外の教本では、導入レベルの対象年齢が日本人による教本よりも少し高めに設定されているものがこれまで多く出版されてきました。生徒さんの年齢や発達度、理解力など色々な状況をよく見て、今必要なことをわかりやすく指導するにはどうすればよいかを念頭に置いて、教本を選ぶことが大切です。

③日本語版と原著版の違いについて

海外からの教本の場合、翻訳者が明確でない場合があります。また、各国の教本に共通して、導入レベルでは、歌詞のついた民謡などが教材として用いられています。曲のリズムや音の数に即した翻訳が難しくて、原語の意味とは全く離れている訳語が歌詞として用いられていたり、日本語の歌詞に合うように曲のリズムが変更されていたり、さらには、学習曲が日本人の学習者に取り組みやすい耳なじみのある日本由来の曲に変更されていたりと、原著版と日本語版とでは色々な点で違う教本があります。それらは出版社の意向もあるため、もし気に入った海外教本が見つかれば、原著版を参照するのもよいでしょう。

3.教本は万能薬ではない!?

どんなに素晴らしい教本であろうと、教本ですべてを教えられるわけではありません。例えば奏法は、実践で具体的にお手本を示しながら、拍の感じ方、フレーズのまとめ方、良い響きの音を出すタッチの感覚や音色の変化についてなど、耳や指、心で体感して学ぶのがベストです。言葉や文字だけでは伝えることは不可能なのです。教本は、ピアノ学習の基礎レベルで大きな力を発揮するものと受け止め、活用するという意識を持ちましょう。実際のレッスンと教本との距離感は大切です。

4.教本の使い方について

指導には、常に足し算引き算的な柔軟な対応が必要で、場合によっては不要と思う部分は省く、つまり教本の全てのページをやらなくてもよいのです。また状況に合わせて、ある部分の学習を補う、応用練習をさらに加えて積み重ねるなど、他の教本と上手に組み合わせることも必要です。教本には色々なタイプがありますから、それぞれの特色を知って上手に使い分けましょう。

教本を使う上で忘れてはいけないこと、それは、生徒さんに合った教本の使い方を工夫することです。教本の組み合わせ方や指導の言葉は、生徒さんの年齢や理解力に合わせて工夫できるよう、自分の中に引き出しを増やしていきたいものですね。

これまでに日本で出版されてきた多くの教本については、拙著レッスンの効果を倍増させる!「ピアノ教本 選び方と使い方」(YAMAHA)に、出版年順あるいは国別に、教本の特徴などを具体的に書いて一覧にした貴重な資料をたくさん載せていますので、是非ご参照ください。

おわりに

日本では、非常に多彩なピアノ教本が出版されています。デジタル化の波によって、指導法や教材などについてのグローバルな情報が入手しやすい時代になりました。ここ近年アプリ教材なども広がりを見せ始めており、教材は大きく様変わりしつつあります。教本や教材は指導法の宝庫ですから、上手に利用して、指導者も学習者も共に豊かな気持ちで取り組めるレッスンにしたいものです。教本や指導法についての講座がたくさん開催されていますから、利用されるとよいですね。これから指導者としての道を歩まれる皆様、心から応援しています!

丸山京子
まるやまきょうこ◎東京学芸大学音楽科卒業、および同大学院修士課程修了。指導者として活躍する傍ら、長年に渡ってアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国、日本で出版されてきた数多くのピアノ教本および指導法の原理を研究。これまでに、東邦音楽大学、東京音楽大学、洗足学園音楽大学、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)、日本全国各地の楽器店から講師として招かれ、講座を担当。『ムジカノーヴァ』(音楽之友社)などピアノ指導者向け雑誌への寄稿もたびたび行なっている。月刊ショパンに連載「世界のピアノ教本探検」執筆。MARUYAMA MUSIC SCHOOL主宰。全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員、指導者育成委員、ステップアドバイザー、コンペティション審査員、ピティナ所沢ブリランテステーション代表。著書『レッスンの効果を倍増させる!ピアノ教本 選び方と使い方』(ヤマハミュージックメディアより2017年3月出版)

指導のいろは
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