ピティナ・指導者ライセンス
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ピアノ教本についての豆知識(1)(執筆:丸山京子)

指導のいろは
ピアノ教本についての豆知識(1)

執筆:丸山京子

ピアノ指導で大切なのは経験を重ねることです。ピアノの先生になったばかりの頃は、何をどのように教えればよいのか、指導の言葉や教材を適材適所に選び、様々な年齢やレベルの生徒さんたちを指導するのは大変です。特に、幼い子供たちが初めて学ぶピアノレッスンでは、楽譜はどのように教えればよいのか、鍵盤学習はどのように導入し発展させていけばよいのか、教材は何を使えばよいのかなど、何からどのようにという指導の道筋を選ぶ悩みは限りがありません。

そんな時、ピアノ教本は、指導のためのガイドブックのような役割を果たしてくれます。決して万能薬ではありませんが、もし良い教本と出会うことができれば、それを参考にして、指導の道筋をどのように組み立てて指導に臨めばよいのか、教材の選択や学習内容の順序や構成など、指導の様々なポイントを教本から学びながら日々のレッスンに臨むことができるのです。教本は、指導者としての視野を広げ、自分なりの指導法を築いていく上で、水先案内人のような役割を果たしてくれると言えるでしょう。

1. 「メソッド」って何?

ピアノ教本は現在たくさん出版されていて、それぞれ特色があります。楽譜売り場の前に立つと、その種類の多さに驚かれることでしょう。どのような内容と構成になっているか、対象年齢、学習の進め方、教本で扱う学習領域、進度の設定や構成など、著者のピアノ指導に対する考え方を総称してメソッドと呼びます。この言葉は、アメリカ合衆国の教本が次々に紹介され始めた1900年代後半以降に米国の教本から日本に波及した言葉です。今ではすっかり日本国内でも定着しており、単本教本や分冊型教本のどちらでも、各著者の教本、すなわち指導法を総称してメソッドと呼ぶのが一般的です。

今日に至るまで、日本では国内で作成された日本人による教本だけでなく、アメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国などからも、非常に多くの教本が翻訳出版されてきました。それらの中には、国内外を問わず、出版されて以来長く愛用され続けているものがたくさんあります。
現在では、ピアノ学習を支える楽典やソルフェージュ、リズム学習など、総合的な音楽基礎学習が必要不可欠なものとして受け止められ、学習領域が広い教本が非常に多く出版されています。総合学習を分冊型にして広い学習領域を網羅し、何冊もの教本を一つのシリーズにして出版されているもの、たくさんある学習領域の中のいずれかに焦点をあてて書かれているもの、1冊の中で総合学習ができるようにまとめられているオールインワン型の教本など多種多様です。

対象年齢をどのように視野に入れているか、教本の中で学習領域のどこからどこまでを網羅し、どのような段階設定で内容をまとめているか、学習曲はどのような作品が盛り込まれ、それらをどのように学びピアノ学習を発展させていくのか、著者が大切にしているのはどのような点か、これらは全て教本の特色であり、メソッドなのです。

2. 日本と海外の教本に違いはある??

日本では明治時代にピアノ教育が始まりました。文部省が設置され学校教育の制度が整えられる中で、唱歌を教える指導者を育てるための準備として、アメリカ合衆国へ音楽取調掛を派遣。そして、音楽教育の模範を米国から得たのです。日本に入ってきたのは、米国で使われていたバイエルをはじめとするヨーロッパ生まれの教本でした。バイエルは、その後長く日本のピアノ教育で君臨することになります。アメリカ合衆国からのピアノ教本到来は、その後の日本におけるピアノ教本、つまり指導法に大きな影響を与え、今日に至っています。

海外からの教本には、日本の子供たちや、私たち大人でさえとても新鮮に感じる、各国の子どもの歌や民謡、宗教に関わる歌などが多様に導入教材として用いられています。その傾向は、同じ国の教本同士に共通点を生み出していて、国別に教本を見ると興味深い発見がたくさんあります。

また、同じ素材でもタイトルや歌詞、さらには調やつけられている伴奏スタイルもそれぞれ全く違っている場合が非常に多く、著者の個性や国民性が現れています。幼児向け教本で、子どものうたや民謡を教材として用いる手法は、世界各国の教本で共通しています。そういった教材を使って何を学ぶのか、その先のレベルでどのような教材を取り上げ、ピアノ学習がどのように発展していくのかを知ることは、とても大切です。
インターネットが普及した現代では、ひと昔前と比べて海外教本の情報を得やすく、もし興味があれば、原著版の教本を入手して、日本語と原語による版の違いについて学ぶことも可能です。

3. メソッドの違いはどこに?
①教本の内容と構成に目を向けよう

出版されている全ての教本を熟知した上で、自分が使いたい教本を選ぶことはほぼ不可能です。しかし、それぞれ全く違うのではなく、実は共通点も多いのです。共通点と相違点を、ざっくりとでも予め知っていると、選ぶ上でのポイントが少しずつ見えてきます。各メソッドは、教本の内容と構成に大きな特色が出ますので、学習領域や対象年齢、関連副教材などと合わせて知っておくことは大切です。

まず、各教本の導入レベルの内容を具体的に見ていくと、鍵盤学習や読譜学習の導入の仕方、音価の学ばせ方などにも違いがあり、特に導入レベルでの各メソッドの特色はとても興味深く、指導の引き出しを作る上で大いに参考になります。初めてピアノ指導者としての一歩を踏み出す方々にとっては、自分が受けてきた教育を振り返りながら、恐らくは初めて知る様々な指導法に驚かれるかもしれません。教本に見られる特色は全て先人の知恵や工夫ですので、先入観を持たず、幅広い指導法に興味を持っていただきたいものです。必ずや、これからのピアノ指導者としての力量を支える源になることでしょう。

②最初の一歩は、一つのメソッドをしっかり学ぶことから・・・

教本を選ぶ力を身に着けるために、まずメソッドを一つ選んでしっかり勉強することをお勧めします。そうすることで、ピアノ指導で大切なポイントとは何か、自分の中に指導法について考える一つの基準ができるからです。その教本が、自分にとってベストかどうかはさておいて、他の教本を見る際に、最初に学んだ教本と色々な点で比べている自分に気づくことでしょう。教本に見られる共通点と相違点を見つけやすくなります。そして、どのようなレッスンをすればよいのか、どのように生徒たちを育てる指導者を目指したいのか、具体的な目標を持つことにつながります。

③読譜学習の導入法について

対象年齢が低い幼児向け教本には、読譜学習をどのように導入しているかでいろいろと特徴があり、世界各国の教本を見比べる際の最も興味深い点の一つと言えます。導入レベルで最初から5線学習に取り組まない教本は多く、その指導法は米国の教本でプレリーディングと呼ばれて紹介され、今や世界に波及しています。そして、後続の指導者たちに影響を与えた読譜学習の工夫は、さらに進化し、独自の読譜導入法を用いた教本が日本でも誕生してきました。

読譜指導は、ピアノ学習開始年齢が世界的に低くなった1900年代後半以降、世界各地の指導者が試行錯誤の末に、色々な方法を教本に取り入れてきました。1957年のスプートニクショックをきっかけに始まった北米の教育改革政策は、国を挙げてのヨーロッパの3大音楽教育メソッド研究(ダルクローズ、オルフ、コダーイ)につながり、中でも、ダルクローズが構築した教育システムから得た、読譜や基礎理論、ソルフェージュやリズム学習などの総合的な音楽基礎教育に、発達心理学や脳生理学、様々な教育思想の視点も取り入れる考え方は、その後世界に波及し、音楽教育法研究の礎となりました。5線を用いない読譜学習の導入法をはじめ、世界各地のピアノ教本に大きな影響を与えています。

米国教本には、読譜指導法にとどまらず、網羅する学習領域や調の扱い方、学習の進め方など多くの点で共通点が見られます。網羅している学習領域の範囲や教本の構成などにそれぞれ違いがあります。

④教本で扱われる調について

教本は、調の学ばせ方にもそれぞれ特徴があります。導入から全長短調の仕組みを学ぶように書かれているもの、ハ長調に限定して書かれているもの、バイエルのように♯4つまでの限定した調による曲を扱っているもの、長短調に加え色々な調を同時に組み合わせる多調音楽や12音の音列を扱っているものなど多種多様です。

導入から全ての調を学ぶように書かれている教本は全調メソッドと呼ばれ、これまで米国から総合学習分冊型教本としてたくさん日本に紹介されてきました。

⑤分冊型、集約型、組合せ型、どれを選ぶ?

現在、ピアノ学習の主教本やレパートリー曲集の他に、読譜やリズム、楽語など基礎理論の学習をよりしっかり身に着けるためのワークブックやソルフェージュの本が豊富に出版されています。総合学習を学習領域別に分冊し、一つのシリーズとして構成している教本は、網羅している学習領域が多岐にわたるため教本の種類が多く、内容は全て関連して学習を進められるように書かれています。生徒が持ってくる教本の数は複数になるのですが、丁寧に基礎学習を積み上げながらピアノ学習を進められる利点があります。

その複数の学習領域を1冊にまとめて学ぶように書かれているのがオールインワン型教本です。ワークブックやソルフェージュ学習などのページがあり、多機能型の教本と言えます。分冊型に比べ、各学習項目は簡潔にまとめられており、生徒はその1冊を持って身軽でレッスンに通えるという利点があります。

また、豊富な種類の教本から生徒の個性やレベルに合わせて選び、学習領域の違う教本を組み合わせて使うこともできます。
どれを選ぶかは、それぞれの生活スタイルにもよると言えるでしょう。両親が共働き家庭の子供たちが多い現代社会では、保育園や学童保育の場から一人で直接教室に通う幼い子供たちは、おそらくは、これからもっと増えていくでしょう。レッスンに通う時間帯や子どもの環境なども総合的に考えて、教本を選ぶことも必要な時代と言えるのかもしれませんね。

いずれにしても、良いレッスンは教え方次第、習い方次第で、教本によってレッスンの良し悪しが決まるわけではありません。

4. はやりの教本?急速に進化するデジタル時代の波とは?!

急速にデジタル社会へと転換しつつある今、情報伝達のスピードと情報量の多さは、様々な分野での技術革新の力を得て学習ツールの進化に繋がりました。レッスンで使う教材は多様化し、アプリ教材やQRコード音源付き教材などが登場して、楽譜も紙媒体によるものだけではなくなりました。

ピアノがまだ普及しておらず、オルガンが主流だった時代から、経済成長の影響を受けて様々な分野で進化が進み、楽器の製造技術や楽譜の印刷技術は大きく発展し、一般へのピアノ教育は楽器の販路拡大とともに広く浸透しました。アップライトピアノやグランドピアノといったアコースティックピアノが普及する反面、時代と共に住環境や費用などの関係で電子ピアノが受け入れられ、タッチや機能が進化した電子ピアノが次々に誕生する時代へ移行してきました。このような時代を迎え、ピアノ教本は今後どのように発展していくのか、ひょっとしたら先が読めずに不安に思う方がいるかもしれません。

おわりに

教本は、今日に至るまで、先人の知恵を踏襲しながらも新しい教育思想を反映した教本が世界各国で数多く紹介されてきました。どの教本もそれ自体は素晴らしいものになっていると言えるでしょう。また、音が出る仕組みは違っても、鍵盤や音の配列&配置が同じ楽器を学ぶ上で求められる学習内容やポイントは、今までもこれからも基本的に変わりません。楽譜を読み、理解し、音楽を心で感じ、両手でピアノを演奏して音楽を表現する上で学ぶべきことは、時代や国を超えて共通しているのです。さらに、人間が生まれてから大人になるまでに辿る心身の成長発達は、個人差はあるとしても国や時代に関係なく共通しています。だからこそ、様々な国の教本は翻訳されて各国で出版され普及するのです。

新しい教本が次々に生み出される過程で、何が新しいのかを知ることは大切です。学ぶ基本は時代を超えて万国共通しているとすると、新しい発想はどこにどのように加えられているのかを知ることは、教本を見る上でとても大切なポイントの一つなのです。

次回は、メソッドをわかりやすくグループ別に整理してご紹介したいと思います。お楽しみに!

丸山京子
まるやまきょうこ◎東京学芸大学音楽科卒業、および同大学院修士課程修了。指導者として活躍する傍ら、長年に渡ってアメリカ合衆国、ヨーロッパ諸国、日本で出版されてきた数多くのピアノ教本および指導法の原理を研究。これまでに、東邦音楽大学、東京音楽大学、洗足学園音楽大学、全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)、日本全国各地の楽器店から講師として招かれ、講座を担当。『ムジカノーヴァ』(音楽之友社)などピアノ指導者向け雑誌への寄稿もたびたび行なっている。月刊ショパンに連載「世界のピアノ教本探検」執筆。MARUYAMA MUSIC SCHOOL主宰。全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員、指導者育成委員、ステップアドバイザー、コンペティション審査員、ピティナ所沢ブリランテステーション代表。著書『レッスンの効果を倍増させる!ピアノ教本 選び方と使い方』(ヤマハミュージックメディアより2017年3月出版)

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