初級の生徒への伴奏づけ(執筆:佐々木諭子)
執筆:佐々木諭子
導入期の生徒が片手でしか弾けないとき、素敵な伴奏をつけてあげると、子どもはメロディだけでは得られない満足感に喜びを覚えます。感動して後ろで涙を流していた保護者もいたほどです。未知の和音の世界を、まだ空っぽの子どもの引き出しの中にどんどん入れていく、それが将来の和声感に大きく影響していく贈り物となることでしょう。
2歳の生徒がピアノを弾いて発表会に出たいという。
まだ1本指しか弾けない。何か月か頑張って練習したとしてもドレミまで弾くのがやっとでしょう。今の弾ける力だとステージのピアノに座っているのは20秒ほど。おじいちゃんおばあちゃんも見に来るし、可愛いドレスも着させてもらうのだから、少しでも長くステージに立たせてあげたいと思うと同時に、ステージはお客さんに魅せることが大事でもあるので、聴いてる人も十分に楽しめるようなアレンジにしたいという思いからでした。
わらべうたならドとレだけ弾ければ何とかなるものもある!
あとは1コーラスずつ和声と伴奏に変化をつけて3コーラス、前奏後奏つければ立派に2分くらいステージに乗っていられるし、聴いている観客も楽しくなるのではないか。
そう思い発表会のたびにその子のためにアレンジしてきました。
次の「月の光に」は、3歳の子のために書いたものです。
月の光だけに、ドビュッシーの匂いをちょっとだけ入れています。中間部のレレレレ ラーラーは、発表会までにもし弾けたら弾く、弾けなければ私が伴奏の中に盛り込む、くらいの自由さを持ってやります。2歳の子の3ヶ月というと、練習している間にかなりのことが出来るようになりますし、その年齢のこどもは、レッスン中に集中力がなくても、眠たくても当たり前、雨が降れば眠たくなるし、機嫌のよくない日があるのも当たり前くらいの精神でのぞむのがよいのです。
ドレミの3音だけで弾ける曲もあります。
初級の曲の少ない音の中には、本当は豊かな和声やリズムが隠れています。その見えていない音を2台のピアノまたは連弾で先生が聴かせてあげると、その曲のイメージがぐんと広がっていきます。たとえば、洒落た和音、バスライン、厚みのあるオーケストラの音、対旋律、休符の間にくる合いの手など。
子どもは長い音符やリズム、休符を十分の長さで待つことがとても難しいのですが、伴奏でその間を埋めてあげると、必然的に待てるようになります。
また、小さい子においては、テンポを決めずに弾き始めてしまったり、呼吸をとらずに出てしまったりすることがよくあります。和音だけでもよいから、2小節か4小節くらいの前奏を先生がつけてあげると、必ずそこで音楽を感じ、自然な呼吸で曲をスタートすることができます。
更に、一人で弾くときも、頭の中で前奏を鳴らしながら、弾く前の体の使い方、呼吸に気をつけると自然な弾き始めになります。音楽が縦のリズムで進んでいるのか横に流れているのか、伴奏で導くこともできるし、強弱をただ強い弱いだけでなく、楽器の種類でイメージしたり、オーケストラにおける楽器の数、遠近感、高音域低音域、など様々な強弱があることを音で伝えることができます。教師が小さな曲と向き合い、作曲家がイメージしたものを感性豊かに感じ取っていくには、教師自身も常に五感を研ぎ澄ましておく必要がありますね。
さて、次は、生徒のメロディに先生がつける両手伴奏に絞ってお話します。ポイントを3つ挙げてみます。
基本形にすると比較的さえない響きになりやすいのです。第一転回、または第二転回にし(譜例2)、右手の最初のポジションはこのくらいの音域に収まるところで取ります(譜例1)。
なるべく跳躍せずに近くの音に、共通の音がある場合は同じ音に連結していくのが基本です。
ヘ音記号のト音より低い音で3度音程をかためてしまうと、どんどん響きが悪くなります。低い音に行くほど和音は開離します(ただし、特殊な効果を狙う場合はあえて使用することもあります)。ピアノの特性を知った上でつかみ方を工夫すると響きはより美しくなっていきます。
和声の禁則は「三音重複」「限定進行音」「連続」「並達」など沢山あります。それを守れば確かに美しい響きになりますが、まずはフットワーク軽く伴奏してしまう方が大事なので、ここに書いてあること3つだけ気をつけてみましょう。
第3音は響きを決める大事な音。これでメジャーかマイナーかが変わってきます。なくてはならない、かといって個性が強いので2つは不要です。左手で弾くバスに第3音を持ってくるときは右手の第3音を抜くことを心がけます。
根音は大事な基礎となるリーダーの音なので絶対必要です。2つあっても汚くはなりません(属9の根音省略形などはまた別です)。
導音が主音に戻らないとお家に帰れないもどかしさ。必ず2度上の主音にもどします。
まずこの3つだけは気をつけて、即興と言えども常にきれいな音の響きを感じ取りましょう。
私はその場で思いついたイメージで即興的に伴奏することが多いですが、ソナチネやブルグミュラーは様々な2台や連弾の楽譜が出ていることもあり、全曲伴奏つきで生徒と弾きます。子どもは楽しくてこればかりしたいといいます。
参考までに、生徒と素敵に弾ける、個人的におすすめの曲集をいくつかご紹介します。
- 音楽之友社刊「ふたりの バッハ インヴェンション」
- 音楽之友社刊「みんなのピアノワールド 連弾ベストセレクション」
- ドレミ楽譜出版社刊「ブルグミュラーでお国めぐり お話ピアノ連弾曲集」
大学時代に嫌だった和声を勉強しなければなどと思う必要はなく、苦手意識を持たず伴奏を作って、和音の世界に飛び込んでみましょう。まずは、ⅠⅠⅤⅠをちょっといい響きで、ちょっとおしゃれに弾いていこうというところからスタートしていけば、生徒との音でのコミュニケーションは広がっていきます。
普段はしゃべらない子どもが、ピアノに座ると急に饒舌になったりするのです。こちらも注意深く一緒に弾いていると、子どもがこちらの音を聴いて弾いているかいないか明らかにわかります。視線や耳を自分の手や鍵盤以外のところに持っていくことで、ずいぶん視野が広がり、一人で演奏するときも広い範囲の響きを聴くことが出来るようになることでしょう。
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