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4期の弾き分け(執筆:金子恵)

指導のいろは
4期の弾き分け

執筆:金子恵

ピアノは、私たちの暮らしの中で、さまざまな人生を紐解いてくれる楽器となりました。ピアノとの向き合い方は人によって違いますが、古い時代の曲から現代の曲まで、楽しみながらも色々な曲を弾きたい、更には自分の実力を試したいからコンクールに参加したい、また専門に勉強したい、となった時に必ず必要になってくるのが「4期」の知識とその演奏技術、表現力です。では、その「4期」とはどのようなものでしょうか。

1.なぜ「4期なのか」

普段、私たちが当たり前のように弾いているアコースティックの鍵盤楽器は、始めからそのような大きさ、形、音の出方、音色ではありませんでした。私たちの学習に欠かす事のできない代表的なドイツの作曲家、J.S.バッハが生きていた時代は、どんな楽器で演奏していたでしょうか。特にそれがよく分かる代表的な作品が、J.S.バッハの《ゴルトベルク変奏曲》です。バッハ自身による表題に「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのための アリアとさまざまな変奏からなるクラヴィーア練習曲」と書き記されています。2段鍵盤ですからチェンバロで演奏していた事が明らかです。ではチェンバロという楽器はどのような音をしていたのでしょうか。バロック期を考えるヒントとして大切な知識である事が分かります。この楽器で演奏していた時代はいつまで続くのでしょう。

チェンバロによる演奏

バロック期と言われた時代から古典派(18世紀)に移っていきますが、完全に古典派と言われる前の過渡期に前古典派という時代がありました。この頃は、J.S.バッハの息子たちC.P.EバッハやJ.Cバッハが活躍し、特にJ.C.バッハはモーツァルト家ととても親しい仲であったと言われています。音楽家同士の親交関係でも見ていくと、さらに時代の流れを理解する事ができます。

また、絵画からも当時使われていた楽器を見る事ができます。W.A.モーツァルトがチェンバロを弾き、父親のレオポルドがヴォルフガングの後ろでヴァイオリンを弾き、姉のナンネルが歌っている有名な絵がありますが、この頃弾いていた楽器はチェンバロという事が一目瞭然です。

絵:ルイ・カロジス・カルモンテル 「父レオポルト、モーツァルト、姉ナンネルルの演奏風景」 (1763年)
絵:ルイ・カロジス・カルモンテル 「父レオポルト、モーツァルト、姉ナンネルの演奏風景」 (1763年)

特にバロックから古典派に移っていった経緯が分かる例として、モーツァルトが子供の頃に作曲していた曲と20代以降に作曲した曲を比べてみると良いでしょう。作曲のスタイルの違いが顕著にあらわれています。時代によって曲のスタイルというものがありますが、その事については「2.時代それぞれの特徴」で述べる事にして、ここでは楽譜(原典版)から分かることに注目したいと思います。ハイドンの約60曲あるピアノ・ソナタの楽譜を見るとある時期から強弱記号が書き込まれ、後期になるとペダルを踏む指示も記されています。

チェンバロは弦をはじいて音が出るという構造から強弱をつけることができませんし、ペダルは付いていません。強弱が書き込まれペダル記号があるということは、音量の幅を出すことが可能になり、ペダルを付けて演奏できるようになった楽器、フォルテピアノで作曲した、ということが分かります。では何故チェンバロからフォルテピアノに移行していったのでしょうか。そこには政治的な変化、それによって社会的に人々の生活も変わっていき文化に影響を与えた、ということが理解できます。

フォルテピアノは、イタリアの楽器製作者B.クリストフォリが発明した楽器ですが、打鍵するとハンマーが弦に当たり打つ事によって発音するので、打鍵の強さによって音量を変えることができます。「はじいて音を出す」から「打って音を出す」になり、演奏者のコントロールによって音を変化させることができるので、楽器を弾く技術力が更に求められるようになりました。それは同時に作曲家の音楽的な表現の欲求を高めた、と言っても良いでしょう。チェンバロでは限界であったものがフォルテピアノでは可能になった事により、何が変化していったでしょうか。作曲家の社会的地位という事とも関係がありますが、バロックでは主に社会的に役立つ音楽であったのに対し、古典派では人間の心の表現を音楽で現すようになっていきました。その試みに大成功した作曲家が、L.v.ベートーヴェンです。

ベートーヴェンは、フォルテピアノを使って始めから作曲していたことが作品1のピアノ三重奏曲を見ても明らかです。楽器の変遷はその時代の流行もありますが、戦争や革命を繰り返してきた社会的な政治の変化と同時に、作曲家が生み出す作品にも変化が見られます。音楽は、貴族階級が君臨していた時代を経て市民階級の人々にも親しまれるようになり、音楽に文学が附随するようになります。この時期はちょうどベートーヴェンの晩年にあたりますが、詩と音楽が一体となったロマン主義と言われるものが流行り、ロマン派(19世紀)が始まったと言えるでしょう。

ベートーヴェンが40歳を超えた頃、F.リストがオーストリアのライディングという街で生まれます。F.リストはロマン派の代表的な作曲家の一人でベートーヴェンの弟子の一人、C.チェルニーに師事しましたが、チェルニーは天才的な才能を見せたリストを連れて、ベートーヴェンと謁見する機会を設けたと言われています。古典派の作曲家と言われるベートーヴェンから、ロマン派のリストに繋がっていく瞬間を見てとる事ができます。その後リストはパリに渡りピアニストとして活動していきますが、ポーランドからやって来たF.ショパンと共にロマン派の音楽家として一世を風靡します。この頃、フランスではプレイエルやエラールといった楽器が活躍し、特にショパンの作品を演奏する上で、重要な役目を果たしてきました。ショパンは、その生涯をピアノという楽器に特化して作品を書いたので、演奏するに当たってはこれらの楽器を理解する必要性があるでしょう。

ロマン派からどのように近現代(20世紀以降)の時代に移り変わるのでしょうか。例えば、リストの晩年の作品《無調のバガテル》(1885年作曲)がありますが、既にこの頃は、近現代のフランスの作曲家、C.ドビュッシーやM.ラヴェルは生まれていて、ドビュッシーは、1892年から1894年にかけて近代音楽の始まりとも言われている《牧神の午後への前奏曲》を作曲しています。リストが晩年になって無調と題した音楽を作曲してから、わずか7年後には《牧神の午後への前奏曲》がこの世に生まれているのです。ロマン派までは、音楽に調性と和声進行をはっきり持たせるように作曲家は曲を作っていきましたが、近現代という時代になると調性を破壊していくようになります。それは何故でしょうか。そこにはやはり産業の発達と共に進化してきた人々の生活スタイルが変化し、発展を遂げ、常に人間が新しいものを求めてきた証とも言えるでしょう。

このように鍵盤楽器の歴史的背景の変遷を辿ると、おおよそ4つの時代に分けられる、という事がわかると思います。17世紀後半から20世紀のおおよそ250年にわたる名曲を、現在存在する鍵盤楽器で、各々の時代の作品の価値を表現しなければなりません。250年分の財産をピアノ1台で表現できるという驚きの技術を誇る時代になりましたが、これは逆に至難の技であり、常に正しい知識を持つ意識と作曲家と向き合う本質的な姿勢が必要になってくるのです。

2.時代それぞれの特徴

1.の項目では、「4期」バロック、古典派、ロマン派、近現代、の時代の流れをお話ししました。ここでは、それぞれの時代はどのような特徴があるのかを、社会的背景による人々の生活習慣や作曲家の活躍を通して見ていきましょう。

バロック

この時代の音楽の役割は主に教会と宮廷でした。教会では神に祈りを捧げる儀式の一つとして音楽が存在し、作曲家は教会の為に作品を生み出し、音楽家としての職を得ていました。歌が主流となって多声部音楽が作られたので、各々の声部は皆旋律となり、旋律が重なって形作られたポリフォニーがこの時代を担っていきました。バロック音楽を演奏する上で大事なジャンルはいくつかありますが、教会音楽の他に私たちが勉強する曲でかなりのウエイトをしめているのは、バロックダンスです。

バロックダンスは宮廷で行われた社交ダンスとして貴族の間で広まっていき、また貴族の教養の一つとして、音楽を嗜む事は重要な意味を持っていました。才能のある音楽家たちは、貴族たちに雇われ職を得て、社会的な地位を築いていったのです。この時に必要になった楽器がチェンバロです。お城に置いても相応しい優美な楽器がヨーロッパの各地で製作され、チェンバロはこの時代を担ってきました。踊りだけでなく、貴族の奥方、子女たちの習い事の一つとしても活躍し、そのために作曲された曲も数多くあるでしょう。

このように宗教的なもの、踊り、鍵盤楽器を弾くために必要な知識を習得するもの(例.平均律クラヴィーア曲集)、といったジャンルにおいて、音楽の性格を使い分けて作曲家たちは曲を生み出してきました。私たちはそれぞれの性格をよく把握して、演奏するように心掛ける事が大切です。

古典派

この時代は、音楽に形式をはっきりと持たせ、管弦楽が主流となる音楽を作曲家たちは書くようになります。そして今までのポリフォニーの形からホモフォニーへと変化していきます。一つの旋律が歌の主体となり、他の声部は和声とリズムのみを演奏する、いわば伴奏形です。そして鍵盤楽器の発達に伴って、ピアノという楽器が得意なモーツァルトは、その技量を発揮し多くのピアノ協奏曲を作曲しました。

管弦楽と鍵盤楽器のアンサンブルの形は、バロック時代にもありましたが、モーツァルトは鍵盤楽器をより主体的に華やかに見せる技を持っていたため、協奏曲のジャンルで、管弦楽と鍵盤楽器のアンサンブルの素晴らしさを世の中に広めていきました。特にカデンツァにおいては、即興演奏の実力を発揮していました。協奏曲の形式は、ピアノ・ソナタの分野でも同じ事が言えます。また即興性を活かした形式の一つに変奏曲があります。変奏曲がこの時代に流行ったことも大切なポイントとなります。

ロマン派

ロマン派はベートーヴェンの晩年の頃からブラームスが生きた時代までと言えるでしょう。古典派で大きく発展した鍵盤楽器に伴い、文学が音楽に附随したことで音楽は人間の心の表現へと大きく変化していきました。「言葉」が音楽にとって、非常に大切な要素となっていきます。この時代は音楽が市民階級の人々にも浸透していったため、ヨーロッパでは色々な国で才能ある作曲家が出現し、ロシア、ポーランド、北欧など古典派では見られなかった国の作曲家たちが、名曲を山ほど残してくれました。言葉は音楽に抑揚をもたらします。言葉で語るように歌うことが演奏上求められ、この抑揚が音楽の揺れを作り、ロマン的な表現を醸し出します。鍵盤楽器も人間の感情に応えるように、さまざまな音色が表現できるように改良されていきます。

作曲家が求めている音楽表現に近づくためには、その作曲家の話している言語を理解する必要があるでしょう。それはバロック音楽や古典派の音楽、また近現代にももちろん言えることですが、ロマン派はそれが顕著に現れています。それは特に歌曲という分野で見ることができます。ピアノを学習する上で、歌曲をたくさん聴いて言葉の抑揚を感じ取る事はとても大切な事です。

近現代

一般的に近現代と言われる時代はドビュッシーの作品以降と言えるでしょう。ロマン派の作曲家兼ピアニストたちが、ヨーロッパ、アメリカの各地へ繰り返し演奏旅行に出向いたお陰で、世界中の人々がヨーロッパの文化的伝統音楽を聴く機会を得られました。バロックからロマン派までの音楽家たちが、その歴史的遺産をしっかりと受け継いで後世に伝えていった証がこの時代に反映され、更に多くの国から才能ある作曲家が誕生しました。

そして、各々の国の文化を象徴する民族音楽が、作曲家の手によって続々と発表されていったことが特徴的です。ロマン派の感情表現に対して、国々の土地柄、自然などを表現する描写的な音楽が多く出現するようになりました。また第一次世界大戦、第二次世界大戦といった世界的に悲劇をもたらした戦争を体験した事によって生まれた音楽が、数多く見られます。

社会的発展によって得た豊かな暮らしから、戦争によって破壊された人間の姿を網羅した時代が、この時代の作曲家の生み出す音楽に反映されていることがうかがえます。鍵盤楽器もそのような幅広い音楽表現に耐えうるように研究され、現在の形に完成していったと言えるでしょう。

3.弾き分ける

このように「4期」を見てみると、まるで歴史の勉強をしているようです。ピアノという楽器を深く知ることで、人々がどのように暮らし、発展を遂げてきたかが分かります。歴史的な知識を得られたところで、それを演奏表現に繋げていくにはどうしたらよいでしょうか。

バロック

鍵盤楽器で弾くバロックの音楽は、「踊り」が大半を占めていてメヌエット、ガボット、ポロネーズ、ブレー、ジーグなど、たくさんの種類の踊りがあります。各々の踊りのステップに従ってアーティキュレーションが決まっているので、それぞれの踊りの性格を捉えて、アーティキュレーションを付けていくことが必要になります。また、踊りの曲でない場合も、その曲の音列を良く見ると、どのように音節が作られているかが発見できるので、自分が解釈した音節で音楽を表現することができます。現代のピアノで演奏するにあたって気をつけたいのは、音の発音、音量、アーティキュレーション、そしてテンポです。現代のピアノは少し触れるだけで音が簡単に出るので、テンポも速くなりがちです。バロックらしさを醸し出す上でテンポ設定も大事な要素になってくるでしょう。

古典派

音楽のスタイルがホモフォニーになった事で、主役と脇役の役目が声部ごとにはっきりと分けられるようになりました。主役のメロディーが引き立たないとならないので、脇役の伴奏の部分は音量を控えるように、全体のバランスを指でコントロールしなければなりません。楽器が進化した分、演奏技術の難易度も高くなった事は、現代のピアノにも引き継がれています。多くの作曲家によりピアノの曲がたくさん作られるようになりましたが、シンフォニーのような形がピアノ1台で可能になったので、一人で弾いていても、音楽は管弦楽やオペラのような内容である事を把握して表現することが大切です。

ロマン派

この時代は文学が音楽と一体化した作品が多く、人間が心の感情をあらわにし、個性をアピールできる自由さが表現の源となりました。それに併せて、ピアノはタッチの仕方でより多くの音色を出す事が可能になったので、感情表現に必要な時間の揺れと楽器が持つ多彩な音色を同時に表現できるようになりました。調律法も純正調から平均律になっていった事も要因の一つとして、調性の広がりが可能になりました。

古典派に比べて実に臨時記号が増えたことが分かりますが、演奏上では調性感、和声感も豊かに表現できるような技術を習得することが大切です。時間の揺れは、一般的にルバートという文言で表現する事が常ですが、どのようにルバートするかについては、ディクションなどを通じて言葉の勉強をするなど、深く追求しないと確信についた表現は難しいでしょう。フレーズの抑揚、調性と和声の意味をどう感じるか、そしてそれをピアノの音にする時、イメージした音をどのようにタッチしたら思い通りの音色が出るのかを、技術的にも習得する必要があるのです。

近現代

近現代は一言で言うと、調性の破壊です。調性に従って音楽を表現することに限界を感じた作曲家たちは、時代の流れと共に音に対しての考え方を変えていったのです。人間の暮らしの中で、テクノロジーの発達により自然に発生する音以外の音が、地球を取り巻くようになりました。そしてその変化を敏感に感じ取った作曲家たちが、無調の音楽を書くようになります。

無調ですから当然、和声感も薄れていきます。それまで調性と和声により、音楽が解決の方向に向かっていたのに対し、解決しないことへの価値観と調和しない響きに美を感じるようになっていきます。ドビュッシーは全音階で音楽を作りましたが、誰でもこの響きには美しさを感じる事ができるでしょう。ハンガリーの作曲家バルトークは、《ミクロコスモス》の中で、小学生くらいの子供が弾ける曲に左右で違う調性を弾く複調(多調)を書いています。左右で違う調性を重ねると、とても不思議な音の世界が広がりますが、その音の世界もまた面白いものです。

感情表現と言うより何かの状態や情景を音楽にした時代になりました。ロマン派の音楽家たちの活動のお陰で、世界中の文化に触れるようになった近現代では、国々の文化が音楽に反映されるようになりました。特に歌と踊りについては、民族的な節、変拍子のリズムなどを表現する事が大切です。

それぞれの音楽のスタイルを研究し演奏表現に役立てていく事が必要でしょう。

おわりに

この度は「4期の弾き分け」についてお話しいたしましたが、ピアノという楽器をより深く知る為には、西洋音楽史の知識が大切である事が分かっていただけたと思います。

もちろん歴史を知らなくても、十分楽しんで演奏できる楽器ではありますが、より豊かな演奏表現を求めていくと、このような勉強が必要である事を実感します。そして演奏技術、表現力を磨き、自分の思い描いたピアノの音が出せた時には、この上ない幸せを感じることができるでしょう。

金子恵
かねこ めぐみ◎桐朋学園大学音楽学部卒業。ハンガリー国立リスト音楽院にて研鑽を積む。サンタ・チェチリア音楽院(ローマ)ディプロマ取得。全日本学生音楽コンクール高校の部全国第1位、日本音楽コンクール第2位。ピティナピアノコンペティション特級銅賞、前田賞。ハンガリー・ヴァイナー国際室内楽コンクール1位なしの第2位入賞。ロベルト・カサドシュ国際ピアノコンクール(現・クリーヴランド国際ピアノコンクール)第3位ショパン賞受賞。イタリア・パルマドーロ国際音楽コンクールで第1位受賞及び作曲家特別賞受賞。帰国後、各地でリサイタルを開く。現在、国立音楽大学及び大学院教授、桐朋学園大学及び大学院非常勤講師、当協会正会員。

指導のいろは
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