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乳幼児の育ちと音・音楽(執筆:石川眞佐江)

指導のいろは
乳幼児の育ちと音・音楽

執筆:石川眞佐江(静岡大学)

乳幼児にとって音楽はよいものでしょうか。多くの人がこの問いに「YES」と答えると思います。自分自身が特に音楽を専門にしたり、趣味として音楽活動をしたりしていない人でも、子どもの育ちに音楽はよい影響を与えると考えているのではないでしょうか。
しかし、乳幼児の育ちと音・音楽の関係は、「情操を養う」、「感性を育てる」、あるいは「脳によい」「頭が良くなる」などの曖昧な言葉で語られることが多く、大多数の人が乳幼児にとって音楽はよいものであると考えながらも、どうしてそうなのかという点についてははっきりとした答えを持っていないのが現状といえます。

乳幼児期の音楽的発達、音楽的能力については、長く心理学の分野などで研究が行われてきましたが、近年、脳科学研究の発展などにより、乳児のさまざまな能力がさらに明らかとなってきています。研究から得られた知見に拠りながら、乳幼児期と音・音楽の関係について考えていきましょう。

1.乳児と養育者の「音楽的な」かかわり

私たちの生活を振り返ってみると、「音のない世界、音楽のない世界」は想像しにくいものであり、意図せずとも生活の中でさまざまな音や音楽に触れて生きています。乳児と音楽とのかかわりで真っ先に思い浮かぶのは子守歌や遊び歌などではないでしょうか。

子育てにおける子守歌の機能についての研究によると、日本の養育者で乳児に「歌いかける」ことのある養育者は9割を超えます※1。方法は、肉声形式とオーディオ形式の両方が用いられていますが、肉声形式のほうが児の「笑い」反応をよく引き出すということがわかっています。使用場面にも差がみられ、「寝かしつけ」と「遊び」場面では両形式が同程度に使用されるものの、「散歩、外遊び」「入浴など日常の世話」場面では肉声形式が多く用いられ、日本の養育者が生活の多様な場面で歌いかけを用いて子どもとかかわっていることがわかります。また、寝かしつけでは鎮静化を促すような曲、遊び場面では活性化を促すような曲が用いられるなど、使用される曲の特性も異なっています。
ちなみにこれより10年ほど前のカナダの調査でも同様に、養育者の約7割が歌いかけを行っていますが※2、「歌いかける場面」を日本とカナダで比較してみると、カナダの養育者は「遊び」「食事」に偏っており、逆に日本では「食事」の際にはほとんど歌いかけはみられないなど、国際的な違いが明らかとなる興味深い結果となっています。

子守歌のほかにも、私たちは音楽的なはたらきかけを乳児に対して行っています。大人が乳児に対する発話の際に無意識的に用いる話し方のことを「マザリーズMotherese」または「対乳児音声Infant Directed Speech」と呼びます。これは、発話音声の周波数が高く、抑揚が大きく、ゆっくりと発話され、相手の反応を待つように間をとったり、同じ言葉を繰り返したりするなどの特徴をもつ音声で、洋の東西を問わず、養育者は乳児に対してマザリーズ音声を用いることが知られています。いわば「音楽的な」話し方であり、歌に近い特徴を持っています。

マザリーズは乳児の言語の学びにとって有効であるとされています。いわゆる大人同士の通常会話の音声とは違い、母語の特徴を強調するように伝えるため、周りの会話音声から際立って聞こえることで、乳児自身の注意を引きつけるからです。さらに、日本の育児の中ではマザリーズと共にいわゆる「赤ちゃんことば」と呼ばれる「育児語」が多用されますが、この育児語の持つ繰り返しのリズムパターンや語音の強弱の違いも、乳児が発話から単語を切り出すときに有効であることもわかっています※3

また、言葉の獲得という点において有用であるだけでなく、マザリーズなどの語りかけ、歌いかけ音声は感情性情報の伝達も担っており、乳児は語りかける養育者の声から感情性情報を聞き取り、それが乳児と養育者のコミュニケーションや周囲とのかかわりの基礎をつくっているといえるでしょう。

2.乳幼児の音楽的能力

乳幼児と音・音楽のかかわりをさかのぼると、それは胎生期から始まっているといえます。五感のなかでも聴覚は比較的早い段階で発達する感覚であり、胎生6週頃には耳の元となる穴が形成され、胎生26週頃には胎内で音を感知することができ、胎生7か月頃には基本的な聴覚構造が完成しています。

ただし胎内では外界と同じように聴こえるわけではなく、高い音や子音は腹壁や羊水で減衰し、騒音の多い環境であるようです※4。それでも乳児は胎内で聞いていた母親の声を聞き分け、母親の声と、母親が母語とする言語に特に反応することが明らかになっています。このことは、胎内にいるときからすでに、言葉や歌いかけのような韻律をもつ「声」への選好が始まっている可能性を示しています。

生まれてからの聴覚の発達もめざましく、1歳頃までには成人程度の純音の聞き分け能力を獲得するといわれています。母語のリズムを外国語のリズムよりも選好し、母親の声を知らない女性の声よりも選好し、胎内で聴取した文章をなじみのない文章よりも選好し、胎内で聴取した子守唄をなじみのない子守唄よりも選好するなど、胎内での聴取経験がもととなると考えられるような音声への選好が明らかとなっており、その聞き分けの能力にも注目が集まっています。
同時に、出生直後から六カ月くらいまでは、聴取経験のない世界中の他言語の複雑な音韻や母音の違いを聞き分けることができるともいわれています。しかしこの聴き分けの能力は、日本人の場合、生後半年を過ぎると英語の/r/と/l/の違いの判別ができなくなるというように、生育環境にない子音や母音の違い、促音の有無などについては成長につれ判別ができなくなります。これは「知覚の適合化」と呼ばれ、どんな環境にも適応できる能力をもって生まれてくるものの、成長過程で自分の置かれた環境に適応するために必要な能力を残し、不要な能力は切り捨てていくというある種の生存戦略と考えられています。

一方で、胎内での聴取経験が多いと考えられる対成人発話よりも対乳児発話を選好し、対乳児歌唱を乳児不在歌唱よりも選好し、対乳児歌唱を対乳児発話よりも選好するというように、学習の結果というだけでは説明のつかない、生得的に「音楽的」な韻律を好むという側面も解明されています。

リズムに関しても、乳児の知覚について興味深い研究がなされています。新生児にシンコペーションを含むドラムパターンを聴取させる実験では、乳児がすでに拍を知覚し、音の時間構造を予測して推定していることが解明されています※5。また、発話音よりも音楽を聴取したときに乳児の周期的な身体運動が増えるという報告もあります※6。このように、リズミカルな音楽を聴取したとき、自然と身体が動いてしまうという経験は誰しも覚えがあると考えられますが、乳児の拍知覚同期能力がどの時期からあらわれるのかについても研究が進められています※7

3.乳幼児の聴力と音環境

さて、述べてきたように、すぐれた聴覚を備え、さまざまな音楽的能力をもつ乳幼児ですが、しかし、大人と同じように聴いているわけではありません。歌唱音声だけの音楽と伴奏のついた賑やかな音楽とで比較したところ、声だけのシンプルな歌いかけの方が、伴奏のある歌いかけよりも乳児に選好されることがわかっています。これはひとの声というものを乳児が選択的に聴く能力を持っていることと同時に、いくつもの音が同時に鳴るとどこに注意を向けていいのかわからなくなるため、よりシンプルな刺激への反応が顕著であることなどが理由として考えられています※8。また、雑音下での選択的聴取は乳幼児には難しく、音楽を聴きながらの会話やにぎやかな室内で特定の声に耳を傾けることなどは困難であるとされています※9

聴覚経験を主とした「音」の経験とそれを介したひととのやりとりは、身近なひととのかかわりを通して成長する乳幼児期の子どもにとって大変重要な要素であると考えられます。こうした「聴くこと」の重要性については、これまで乳幼児の育ちの場面であまり語られることがなく、特に保育現場などでは保育室の音に関する基準がないまま、騒音環境での保育が行われているなどの問題もありました。

意識するよりも多くのことを私たちは音の情報から判断しています。通常の住宅環境と吸音素材・カーペット等を利用した住宅環境の比較研究によると、吸音素材を利用した環境では、母親はより乳児の泣き声の「質」と「音量」に注目してそこから泣きの原因を探ろうとする傾向が見られました。また、残響の異なる室内では、それぞれ違った遊びをする傾向がみられるなどの報告もあります※10

近年、乳幼児の育つ環境として「音」に着目する動きもみられ、2020年には「保育施設の音環境」の指針として、保育室内の残響時間についての推奨値が示されるなどしています。声を含めた音を用いたコミュニケーションが乳幼児の発達と成長に果たす役割を踏まえたときに、その成育環境を音という視点をもって考え直していくことは大変重要であるといえるでしょう。

このように、私たちはいわば誕生前から乳児と音楽的なかかわりを築いているといえます。音楽は文化芸術としてだけ私たちの生活に存在しているわけではなく、もっと身近なかかわりの手段としても存在しているのです。こういった人間と音楽との根源的なかかわりについて、ディサナヤーケは乳児と養育者が親和的な相互コミュニケーションを展開し、情動的な絆を形成するために、身振りや発声、表情変化などに一定のまとまりや規則性が付与された音楽的なかかわりが有益であったと指摘し、母子間のリズミカルな音声やり取りにその起源を見出しています※11。また、マロックとトレヴァーセンらは、人間が生まれながらにして身振りや音声のやり取りを介して感情や動作を共有しているその様を「コミュニカティヴ・ミュージカリティ」という概念で説明し、人間は相手と共感的に通じ合うことのできる「音楽性」を生得的に備えており、それが対人関係能力や文化学習を支えていると指摘しています※12

つまり、ひとのコミュニケーションには、既に「音楽性」と呼べるものが内在しており、それは人間が生きる上での基盤となるものであるという考え方です。乳幼児においても、タイミングを合わせて歌ったり、同じ動きをしたりした経験を共有した相手に、より協力し合う向社会的傾向が強くみられるという報告もあります。※13

音楽的なやり取りは、人が人とかかわる根源に存在し、互いの行動や情動を調律する助けとなります。子どもたちは、生まれながらにして持った音楽性を基盤として成長しながら、徐々にその社会に共有される文化へと参入していくのです。しかし、乳幼児の生活の中で、音楽と音楽でないものの境目はきわめて曖昧で、線引きの難しいものであると考えられます。幼い子どもの世界では、音の体験は非常に総合的であり、音は「聴く」だけではなく、身体全体で感じたり体験したりするものであり、歌は「歌う」ためのものだけではなく、かかわりや表現の手段になったりします。

そしてこのような音楽とのかかわり方は、乳幼児だけではなく、音楽を文化として対象化するようになった大人の内にも実はひそんでいるのではないでしょうか。私たちは音楽に触れ、手に入れ、扱い、楽しむだけではなく、音楽に囲まれて、音楽を駆使して生きているともいえます。音楽を日常から切り離された特殊な技能、洗練された芸術作品としてだけとらえるのではなく、自分が生きる上で駆使しているさまざまなコミュニケーションや生活のなかでの振る舞いのなかに、網の目のように張り巡らされているものと考えることで、音楽と人間との関係をとらえる新たな視座を得られるでしょう。

石川眞佐江
いしかわ まさえ◎静岡大学学術院教育学領域准教授。東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒業、同大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程(音楽教育)修了。博士(学術)。その他明星大学、日本女子大学、常葉大学、共立女子大学、東洋大学などで教員・保育者養成に携わる。乳幼児期の音楽教育を専門とする。共著書に『私たちに音楽がある理由』(音楽之友社,2020),『音楽を学ぶということ』(教育芸術社, 2016)、『乳幼児の音楽表現』(中央法規出版、2016)等がある。日本音楽教育学会,日本保育学会,日本赤ちゃん学会正会員。

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