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障がいのある生徒へ「個」を理解したレッスンを(執筆:大滝恵)

指導のいろは
障がいのある生徒へ「個」を理解したレッスンを

執筆:大滝恵

筆者のピアノ教室では、障がいのある方も積極的に受け入れています。これまでに発達障がい、ダウン症、聴覚障がい、統合失調症の生徒さんとの出会いがありました。広く門戸を開いていらっしゃる先生であっても、これまで障がいのある方との関わりがほとんどなかったり、障がいについてあまり知らなかったりする場合、受け入れたい気持ちはあっても受け入れを躊躇されるということもあるのではないでしょうか。そのような方に、「私も、障がいのある方も対象に、レッスンしてみようかな」と思っていただくきっかけとなり、背中を押すことができれば嬉しく思います。

1.「特別支援」の視点をもって指導にあたる

障がいのある方やその保護者が、事前に障がいがあることを告知した上で入会される場合もあれば、発達障がいのいわゆるグレーゾーン等で診断名はついておらず、入会時にも特にその方の特性に関して触れられることがなかったものの、指導する中で明らかな「教えにくさ」を感じるという場合もあるかもしれません。

平成24年に文部科学省が実施した調査では、小学校と中学校の通常学級に在籍する児童生徒の中で、学習面または行動面で著しい困難を示す、発達障がいの可能性のある児童生徒数の割合は6.5%でしたが、令和4年の調査では8.8%に増加しています。教師や保護者の特別支援教育に関する理解が進み、今まで見過ごされてきた困難のある子どもたちに、より目を向けるようになったことが一つの理由として考えられています。

この数字は発達障がいと診断されている子どもの割合ではなく、あくまで「可能性のある」、特別な支援を必要とする子どもの割合です。ピアノの指導においても、障がいがある場合はもちろんですが、障がいがなくても学習上の困難がある場合には、「特別支援」の視点をもって指導にあたることが、より良いレッスンをつくることに繋がっていくはずです。

特別支援とは…

特別支援教育とは、幼児児童生徒一人ひとりの教育的ニーズを把握し、その持てる力を高め、生活や学習上の困難を改善または克服するため、適切な指導及び必要な支援を行うものです。ピアノ指導において特別支援として考えられるのは、どのようなことがあるのでしょうか。

2.スモールステップを意識する

生徒のニーズに関しては、特に障がいのある方の場合は、クラシック音楽をより深く学び、楽曲理解を深め、その表現のためにピアノの技能を向上させるという一般的なピアノ学習の方向性ではなく、現在および将来の余暇活動の充実、ひいては人生に彩りを与えることを主目的とし、より楽しめることに重きを置いたレッスンを求められることが多いと思います。したがって、指導の内容や方法はもちろん、教材の選び方や進め方、曲の合格基準等にも工夫や配慮が必要となります。

障がいのある方の中には音楽に特別な才能を発揮する方もいらっしゃいますが、そのような特別な場合を除き、スモールステップを意識し、ゆったりとしたペースでレッスンを進めた方が良いでしょう。一つのことを習得するのに定型発達の方の何倍も時間がかかることがあります。決して焦らず、「前よりできた!」を少しずつ少しずつ積み重ねていくことが大切だと思います。

(例)障がいのある生徒さんへの導入期の指導

知的障がいがある場合、例えば導入時に簡単な曲に取り組む際、楽譜を見ながら正しい鍵盤を、正しい指で押すということが、たとえドレミの3音くらいしか出てこないような曲であっても、難しい場合もあります。

また、障がいによっては、低緊張であったり、身体が硬かったり、ボディイメージが弱かったりすることも多いです。そのような場合は、手の形や姿勢を保つことができないため、鍵盤の上に1本ずつ指を置いておくことが難しくなります。指づかいどおりに指を動かすことはできても、少しでも鍵盤から目を離すと正しい鍵盤を打鍵できなくなってしまいます。このように、運動面でも課題がある場合、楽譜の情報処理を同時に行うのは至難の業です。

筆者の教室での指導例を以下に示します。

スモールステップの一例
<ステップ1>

①デスクベルと、それに対応する色で音を示した楽譜を用いて、楽譜を読み進めながら(すなわち視線を動かしながら)手を動かすということに慣れる練習、五線譜を読むだけの練習、などと細かく分けて取り組む。

② ①と同時に、色の手がかりがない通常の白黒のみの鍵盤で、言われた音を探す練習をゲーム感覚で行ったり、好きな打楽器を選んでもらってリズム課題を行ったりする。

<ステップ2>

デスクベルと同じ色の丸いシールを貼ったキーボードで弾く。シールを鍵盤の端(手前)に貼ってしまうと指で隠れて見えないので、少し奥に貼ると良いです。

①人差し指1本で弾く。必要であれば適宜<ステップ1>の練習も続けながら、指番号とリズムのみを示した楽譜を用いて指番号通りに指を動かす練習を追加する。

②①を繰り返し行い、鍵盤上での音の動きを覚える。

③指づかいどおりに弾く。

<ステップ3>

シール無しのピアノで弾いてみる。

<ステップ4>

左手で簡単な伴奏をつける。まずは「1拍目に1音だけ」からスタート。実際に弾く前に、右手でメロディーを弾きながら左手が入るタイミングで手で腿を打つ練習をするのも良い。両手で弾く際、左手が鍵盤から離れて迷子になりやすい場合には、鍵盤に付箋を貼って目印にする。同じような伴奏で複数の曲が弾けるようになり、両手で弾くことに慣れてきたら、和音にするなど音数を増やしていく。

  • 各ステップにおいて、楽譜や鍵盤の指さし等、必要に応じて援助する。

時間はかかりますが、続けているとだんだんとバラバラに練習してきたことが統合されていき、情報も同時に処理できるようになっていくため、新しい曲もいきなりピアノと五線譜で弾くことができるようになります。

スモールステップを組むことは、技能の習得に効果的なだけでなく、つまずきを少なくすることができるため達成感を得やすく、それは練習に対するモチベーションにも繋がります。また、ステップアップしていく中でつまずいた際に、どこまで理解できているのか、どこがつまずきポイントなのかが把握しやすくなるため、指導者にとっても助けとなります。

私のダウン症(中軽度知的障がい)の生徒はカエルの歌が大好きで、デスクベルでメロディーを演奏するところから始め、もちろん他に様々な曲に取り組みながらではありますが、両手で弾くところまで2年近くかけて取り組み、発表会でもカエルの歌メドレーを披露しました。生徒さんの好きな曲を、その時々のレベルに合わせて編曲するなどして弾き続けることも、モチベーション維持の一助となりおすすめです。その方は色々な事情があり丸3年レッスンをお休みされていましたが、中学生の今は、大好きな嵐の曲などを楽しく弾いています。

3.ピアノレッスンにおける特別支援

障がいによって視覚優位であったり、抽象的な表現では理解できない生徒に対して、一生懸命「〇〇のような感じで」と説明しても伝えたいことがあまり伝わりません。特性を理解した上で、モデルを見せて示したり、より具体的な表現で伝えたりといった工夫が必要です。また、始まりと終わりが分かり見通しが立つことで安心する自閉症の方には、スケジュールボードを用いることも有効です。

また、先生が横で歌うことで、情報過多となり弾けなくなってしまう方もいます。ついついやってしまいがちな言葉かけや歌いかけが逆効果になることもあるので、指導者自身の「当たり前」がレッスンの妨げになっていないか気にしてみることも必要かもしれません。

柔軟なレッスンを

クラシック音楽の演奏においては、楽譜に忠実であること、楽譜を読み解き知識を総動員させて楽曲解釈を行い、そして表現することが重視されますが、障がいのある方のレッスンでは生徒のニーズにもよりますが、楽譜どおりにこだわらない、ピアノ演奏において「正しい」とされることに囚われすぎないことも大切だと思います。

前述したとおり、身体のかたさによって演奏に困難が生じる場合、例えば、それまで拍の中に収められなかったアルペジオの和音構成音を一音省くだけで、拍の流れの中で素敵に演奏することができるようになることもあります。その困難の度合いによっては、「楽譜どおり」に果敢にチャレンジするよりも、楽に、よりすてきに聞こえる方向へ導いてあげた方が良いと、筆者は考えています。

成長過程における配慮

私の経験上、思春期にバランスを崩しやすい方が多いです。定型発達の生徒さんでも、様子に変化が見られることはあると思いますが、障がいがある場合、より顕著にイライラ等が外に現れやすいと感じます。ある生徒さんは、入会時からずっと穏やかに楽しくレッスンを受けていましたが、小学校高学年のある時期には鍵盤をバンバン叩いたり、筆者の手を払いのけたりするようなことがありました。また、思春期には自律神経のはたらきが乱れることで疲れが出やすくなる方もいます。レッスンに来てもピアノになかなか取り組めない生徒さんもいらっしゃいました。

前者に対しては、小さい頃に行っていたリズム課題に、好きな打楽器を選んで取り組むなど、より楽しみの要素が強く負荷の少ないレッスンにすることで落ち着く場合が多かったです。後者の生徒さんは、とにかくレッスンに来る頃には疲れていて、課題や言葉かけを工夫してもレッスンを進めることが難しかったので、そのような日には思い切って鑑賞活動(筆者の弾くピアノを聴いてもらう)を主に行いました。いずれの場合も、保護者に教室以外での様子をうかがい、相談・報告を密に行いながら進めていきました。

以前、音楽療法の仕事で働いていた療育園でも、やはり同じく小学校高学年で不安定になり、自傷行為が増えてしまったり、今まで飲んでいなかった薬を処方されたりする方が多くいました。この時期は、よりおおらかに、子どもに寄り添う姿勢が不可欠であると感じます。思春期が過ぎた生徒は、今はまた楽しく、よりレベルアップして、ピアノに取り組むことができています。

持っている特性や個性を生かす

できないことよりもできることにフォーカスし工夫することも、生徒さんの能力を伸ばす上で大切です。障がいによって困難なことがあっても、逆に得意なこともあります。それを生かしてレッスンを行うことで、本人の自己効力感も育まれ、自信にもなるでしょう。

その他、これは障がいゆえの特性ではなく性格ですが、人前に立つことが大好きなダウン症の生徒がいました。レッスン中ずっと集中を保つことが難しく脱線しがちだったのですが、その生徒には「発表会ごっこ」が効果的だったのです。レッスンの残り10分の時間に保護者に部屋に入っていただき、その日のレッスンの成果を披露するものです。おじぎをして弾くだけでなく、舞台裏でお化粧をするフリ、ドレスを整えるフリをして、準備ができたらアナウンス、弾き終えたら大拍手で本人は毎回にこにこ。それを非常に楽しみにしていたため、集中が切れそうな時には「あとで発表会をするから、ここをもう一度練習してみよう」などと声かけをするとやる気になり、レッスンもがんばることができました。

良い気持ちでレッスンを終えられるように

特に入室して間もない小さな生徒さんのレッスンでは、レッスンの最後にごほうびとしての音楽活動を行うことが多いです。先述した発表会ごっこもその一つですが、他には、筆者が生徒さんからのリクエスト曲を演奏し、生徒がトランポリンやバランスボールでバウンスしたり、好きな打楽器を選んで鳴らしたりする活動を行うこともあります。

音楽療法では緩→急→緩のプログラムを組み、落ち着いてゆったりと終わることがほとんどですが、ピアノレッスンは頭を使い集中して取り組む時間が長いため、興奮しすぎてしまう生徒さんには向きませんが、そうでない場合にはこのような発散的な活動で清々しく楽しく終われるようにしています。

おわりに

例えば障がいのある方やその保護者の方から問い合わせがあり、いざ受け入れてみようと体験レッスンが決まった場合、まずはその障がいについてインターネットで検索してみたり、本を読んでみたりして、知識を得ると思います。

ただ、障がいについて知ることはとても大切ですが、それに囚われすぎないようにすることもまた大切です。というのも、障がいのない人も十人十色であるように、障がいのある人も十人十色、それぞれの個性があり、抱えている障がいの特性や程度、現れ方も違います。

知識や経験を重ねていれば、「あ、このタイプだな」と勘が働き、いろいろなアプローチ法から最適な方法に近づく近道が分かるようになってきます。障がいについての知識を得、様々な効果的なアプローチ例を知るには、その障がいについての書籍や、指導に関するケーススタディ等が参考になりますが、「個」を知ることも非常に重要なため、できればレッスンでお会いする前に、保護者の方(大人の場合は、障がいによっては最初からご本人とやり取りすることもあるかと思います)から生徒さんの障がい特性や性格について、また障がい特性による課題に対し普段行っている効果的なアプローチについて、それらを踏まえた上でレッスンに期待すること(ニーズ)等、お話を聞いておくと準備がしやすいでしょう。そして実際のレッスンでも、「あれ、本に書いてあったことと違うな」等という違和感を見逃さず、生徒さん本人をよく知ろうとし、保護者にも適宜お話を伺いながら、1人ひとりに合わせて指導をカスタマイズしていくことが一番大切なことだと思います。

大滝恵
おおたきめぐみ◎大阪府立夕陽丘高等学校音楽科、京都市立芸術大学音楽学部両ピアノ専攻卒業後、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。大学院では音楽教育研究室にて広汎性発達障がい児のピアノレッスンに関する研究を行い、応用音楽研究室にて、音楽療法の理論と実践を学ぶ。白梅学園大学・短期大学、東京工学院専門学校非常勤講師。ピアノの他、保育における特別支援に関する講義等を担当している。全日本ピアノ指導者協会指導者会員。日本音楽教育学会正会員。日本音楽療法学会正会員。
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