ピティナ・指導者ライセンス
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ピアノ指導者の役割とは:林苑子先生

指導のいろは
 ピアノ指導者の役割とは

ピティナ・ピアノステップ草創期からステップ運営委員として長年携わり、ピアノ学習人口の裾野を広げ、その学習を充実させることに尽力されてきた林苑子先生。アドバイザー派遣委員長としては、ステップで参加者へアドバイスを送るアドバイザーの人材育成を通して、ピアノ指導者のレベル向上に努めてこられました。多くのピアノ学習者と指導者を育てられた経験から、ピアノ指導者がどのような視点を持って自らを磨き続けるべきか、お話を伺いました。

執筆:林苑子

私も多くの方と同じように、大学時代、知り合いの先生のレッスンをお手伝いする形で、アルバイト感覚で子どもたちを教え始めました。演奏活動や自身の勉強で多忙な中、気楽に「やさしい曲」を教えていましたが、子どもたちは可愛く、それなりに上達してくれました。その頃の生徒さんで、今もお付き合いのある方もいます。

しかし27歳の時に母が病に倒れ、50歳の時に亡くなるまで23年間、公のお仕事は全てお断わりせざるを得ず、介護中心の生活をすることになりました。自宅でピアノを弾いたり教えたりすることはできましたから、その間に自分のテクニックは古いと見直し、たくさんの書物を読んだり演奏会へ出かけたりして、奏法を研究し磨くことに努めました。コンサートも、ペダルを研究したいと思ったらかぶりつきの席で聴くなどと、自分がその時に学びたいテーマに合わせて座席の位置を決めていました。50歳で再デビューして、それから演奏家と指導者として歩んで参りました。

生徒がコンペティションに参加するようになってからは、他の先生方の指導を拝見して多くを学びました。そのうち自分も審査員、アドバイザーになり、客観的に指導を見る機会が増えて、指導のコツをつかむことができたように思います。今はアドバイザー研修を通して多くの若い指導者の方々の成長のお手伝いをさせていただいています。ここでは、よき指導者になるためのヒントになればと、私自身が工夫してきたことをお話したいと思います

見極め、寄り添い、導く
メソードのために子どもがいるのではなく、子どものためにメソードがある

若い頃はどうしても目の前の曲の指導で精一杯になりがちですが、私も5年、10年と指導していく中で、個々の生徒の育ち方の違いも見えてきました。子どもの能力や身体、精神面の個性は千差万別で、春に花咲くチューリップのような子もいれば、秋までじっくり待って咲く菊のような子もいます。そこを見極めてその子の個性に寄り添い、かつ必要なことは落とさず、そして楽しく音楽に憧れてもらうように、ということに努力するようになりました。

そのために意識してきたのが、「テキストをよく理解し、かつテキストに対して忠実でありすぎないこと」です。昔からある本も新しい本も、どれも是非テキストの「はしがき」をしっかり読んで、編者の意図を知ってから取り組むことが大切です。課題の出る順序、スピード、そのシリーズを終えたら次にどのテキストにつなぐのかまで考えて選びます。今は「ピティナ・ピアノステップ課題曲シート」というものがありますから、それを拡げると、導入・基礎・応用・発展・展開の段階それぞれに教則本と曲集が並んでいて、進度の目安が分かります。ご自身の勉強の記憶として応用以降は覚えていても、導入・基礎あたりはどうでしょう。大切な導入期の指導は、音数は少なくとも簡単ではありません。この課題曲シートは、膨大なピアノ曲を整理する一つの目安となると思います。

その上で、あくまでその曲集を順番に全部やることが目的ではなく、この子に今必要なことを身に着けることができる曲を選び、飛ばしていいところは飛ばし、不得手な所には丁寧につきあってあげることが大切です。「メソードのために子どもがいるのではなく、その子のためにメソードがある」ということを忘れてはいけません。子どもの能力は大人に計り知れないような可能性をはらんでいて、やる気になれば飛躍するケースもありますから、生徒の個性にリスペクトを持って向き合うようにしています。

身体のパーツに注意を向ける

また、指導をしていくうちに、私自身が幼児期に受けた教育のおかげで音感や読譜力がついていたことが、如何に恵まれていたことなのかにも気づきました。自分で自然とできるようになっていることが、相手には難しいこと、その相手にどう教えていけばできるようになるのか、考えるようになりました。分かっていることとできることは違いますし、できることと教えられることも違いますね。

そのためには、音が出るまでのプロセスを分析することが肝要です。難関大学へ進んだ生徒が口を揃えて「勉強よりもピアノの方がずっと難しい」と言いますが、ピアノはインプットするだけでなく、身体を使って表現としてアウトプットしなければならず、もっと複雑です。

ピアノを弾く時私たちは、まずイメージして呼吸を整え、楽譜の少し先を目で見ながら頭で考えて、身体の色々な箇所を使って手指を動かし、出たピアノの音を耳でチェックするという動きを、進行形で行っています。この複雑な脳と身体の動きを少しずつ覚えてもらうのが、ピアノの指導の基本だと考えています。

何度やっても難しい箇所というのは、大抵そういう要素がいくつも重なっているところなので、一つ一つよく分析して、どの部分を意識するとよいのかを明確に示しながら指導しています。私はできない所がある時に、指で注意するのではなく、身体のパーツで注意するようにしています。例えば、楽譜で次の段に行く時につまずく時には、目の動きに問題があることが多いので、素早く左斜め下に目を動かす訓練をするだけでも改善します。当たり前の動きですが、それだけ取り出してやってあげると、子どもはおもしろがって練習します。

左手だけの練習をする時には、「左の耳で聴いて」と耳への注目を促すことも有効な手段です。姿勢についても、かかとで大地を押し、太ももの内側で体幹を意識すると、椅子に体重をかけずに脚で支えるので、バレーボールや相撲と同じ状態になり、上半身が自由になります。上半身も、右利きの人の多くは左ひじが下がりがちなので、意識するポイントを指摘するだけでも音が変わります。一番良い音が出る鍵盤の中央でタッチするためには、手指の位置に注目します。導入期は白鍵の曲が多いので、手前で手首を落として弾きがちです。実際には黒鍵を含む調の曲が多く、ホ長調のように黒鍵に近い位置で親指を立てて手首を高く保つのが望ましいと思います。また、次の音を探す時、指先だけでなく指間を広げて探すことなども、導入期に習慣にしたい身体の使い方です。

ただやみくもに指の練習を何十回とするよりも、実はどこに問題があるのかを見極めて、どういう練習をすると効果的か、本人が分からないことに気づいてやり方を教えてあげるのが、指導者の役割だと思っています。そのためにもまず、先生方もぜひご自身の練習を続けられて、演奏をよく分析し、考え、工夫されることをお勧めします。その経験が生徒の指導にも生きてきます。

自分でよく考え、自分を伸ばすことができる人を育てる
対話と好奇心が考える力を伸ばす

自分でよく考える子が、自分を伸ばしていくことができます。私はレッスンで難しいところにあたった時、本人に「どうやって練習する?」と聞きます。「どうやって練習したの?」「譜面はどう読んだ?」「どういう音を出したい?」「どんなテクニックが必要?」と、質問攻めにします。自分がやろうとしていること、やってきたことを言葉にさせて、「よく考えたね」とそのプロセスを褒め、できたらものすごく喜びます。そうした対話を経て、生徒たちは自分で練習法を考えるようになります。私の手を離れても、一人で楽譜を読み、一人で弾けるようになる、そういう人に育てるのが私の指導者としての目標です。

そういう子に共通するのは、音楽に限らず本を読むのが好きなことと好奇心が強いことです。私も本を読むのが大好きですが、好奇心が非常に強く、色々な分野のものに興味を持っています。特にスポーツを見るのが好きで、野球や相撲など、遠心力の働き方や、力の中心はどこか、どう力を使ったら効果的に発揮できるのか、どうコントロールしているのか、なども非常に参考になります。

耳と頭を使って考える習慣

ピアノをやっている子は頭がいいとよく言われますが、耳と頭をよく使って学ぶ習慣ができているからだと思います。授業中の話も、ただ音声として聞くのではなく、聴きながら大事なこととそれ以外を耳と頭を使って聞き分けることができているのです。それを進行形でできるのは、ピアノでずっと訓練してきた賜物ですね。

小さいうちから音に対する感性を養っておくことも大事です。子どもに色々な音を探してもらいましょう。風、水、虫や鳥、動物の鳴き声など自然の音、人々の声や乗り物、駅、学校など街中の音、家の中には家族の声や足音、ドア、電話、テレビ、楽器など様々な音が溢れています。そうしたものに耳を傾けてみるように促してみてください。

では、ピアノの音はどうでしょう?ピアノを開けて中を見せてみてください。弦の近くに指を置いて打鍵すると、弦が震えることに気づきます。その震えが空気に伝わり、耳の中の薄い鼓膜を震わせて音になることを伝えます。ピアノの音にも、声の音域から高い音、低い音まで、長い音と短い音、大きい音と小さい音などがあります。和音やオクターヴの響きもお互い弾きあって耳を傾け、そして「ピアノの音は消えていく」ことにも気づかせます。音への興味が耳を育てます。

そして、ピアノの音だけではなく、色々なオーケストラの楽器にも親しみましょう。私は持ち前の初見力と音感のおかげで、大学時代から様々な楽器や声楽の伴奏、オペラの伴奏に引っ張りだこでした。NHKの番組で一流の演奏家の伴奏をする機会にも恵まれました。同時に20人くらいの楽譜を抱え、自分のソロもあり、忙しくはありましたが、そこで他の楽器の表現や呼吸法、そもそも音を出すということや「歌う」ということがどういうことかを間近で見ることができ、ピアノのレッスンだけでは分からないことをたくさん学びました。音楽全体を知ることができ、その経験全てが私の栄養となりました。

オーケストラの音楽を聴き「このメロディは何でクラリネットの音にしたのだろうか?」と考えることで、どんな音が欲しい時にその楽器が選ばれるかを想像することができます。生徒にピアノの指導をする時にも、「このあたりの音はチェロ?ホルン?ファゴット?」などと問いかけます。そうすることで一気にイメージが拡がります。「こういう音を出したい」というイメージがあれば、どう指に力を入れたらその音が出せるのか、そのためにどんな練習をしようかと試みるようになります。指導者の皆様にも、ピアノ音楽だけでなく、あらゆるジャンルの音楽、そしてあらゆる美しいものに興味を持っていただきたいと思っています。

自分の目と耳で生の音楽を感じるのが何よりの勉強だと思うので、できる限り会場へ足を運ぶようにしております。姿勢や腕の使い方、音楽の流れや音質、空気感をも客席から客観的に聴かせていただくことでの気付きに勝るものはありません。

また指導の過程を通して、常に先生の「本気」を見せて真剣に向き合うことこそが大事です。どんなに小さな曲でも、どんなに幼い生徒でも妥協せずに先生がしっかりと「こんな音が欲しい」とイメージし、弾いてあげる。その音を出すためにはどこを意識したら出しやすくなるか、どんな練習をしたらよいか、具体的にアドバイスをしていきます。音楽は正解がひとつではないので難しいところですが、だからこそ面白いということを伝え続けたいと思っています。先生の意見を押し付けるのではなく、その子の持つ音楽性を尊重し、寄り添いながらの指導はなかなか難しいものです。しかし熱意は必ず伝わり、いつしか信頼へと変わっていく、そう信じています。

音楽という宝物を次世代へ伝える
音楽を言語化して伝えるために

「ピアノを弾くのが幸せ」を貫いてきた私ですが、5年、10年、30年、60年と指導経験を重ね、コンペティションの審査やステップのアドバイスを長年経験するうちに、要点を見つける力や解決力が向上してきたのを感じます。そして今、アドバイザーを研修する立場で指導者の質の向上に努め、ピアノの楽しさを次世代に伝えるお手伝いを少しずつさせていただいています。この感覚は、特にステップに携わるようになってから強く感じるようになりました。

子どもには学校、受験、スポーツなど他の趣味などそれぞれの生活がありますから、途中で遅れたり休んだりしますが、いつでも戻ってこられる雰囲気を作っておきたいものです。私が30年近く関わってきたステップは、そうした様々な背景を持つ人へ、温かいステージと参加者に寄り添うアドバイスを提供してくれます。音大生顔負けの演奏をする一般大、一般就職へ進んだ生徒にとっても、力を発揮できる場となっています。コンペは曲が主役で、それを参加者がどう弾くかを見るとすれば、ステップはまず参加者がいて、その人がどういう勉強をしてきて、これからどう伸びていくのかを見る、という違いがあります。そしてアドバイザーはそれを文章で伝えなければなりません。

優れたアドバイザーになるためには、①文章力、②音楽力(ピアノ音楽への理解)、③ステップへの理解、の3つが不可欠です。演奏や指導力が優れていても、即ちよきアドバイザーであるとは言えないのです。音楽は言語よりも雄弁ですが、参加者へ伝えるためにその音楽を言語化し、ステップのメッセージとして文章化しなければなりません。そのためには、ここに挙げた3つの能力が兼ね備わっていなければなりません。

限られた時間の中で行うので、小さい子の曲などは、自分が弾いた時のことを思い出す前にあっと言う間に終わってしまいますから、記憶に新しい難しい曲のアドバイスよりもむしろ難しい側面もあり、よく準備する必要があります。演奏が上手な方は「表現したい」という欲求があるので、文章を書くのも上手いことが多く、練習と場数を踏むことで素晴らしいメッセージが書けるようになります。いいメッセージというのはやはり反響があります。評価の他にメッセージを書くというのは言わばピティナが元祖ですから、ぜひこの力を育て伝えていきたいと思っています。

一生かけて自分の音楽を育てる

「先生のようにきれいな音でピアノを弾きたい」そんな憧れが生徒を伸ばします。勉強中の曲を弾いて「きれい!おもしろい!」と魅力を一緒に感動し合いましょう。そのためにも、ご自身の勉強を続けてください。ピアノを弾く習慣を捨てないでください。ピアノ指導者も芸術家として自分の音楽をずっと育てて欲しいと思います。

芸術家や指導者は一生続けることができます。私も今、何度目かですがバッハに凝っていて、この年にして「えっ!」という発見があります。夏目漱石の「こころ」を何度も読むのと同じで、後から何度も読み返すと、「ここはこうだったのか」と気づくことがあります。楽語の意味をもっと知りたくて、60歳からイタリア語を再度勉強しました。その言語を理解することで、楽譜に対する理解も一層深まります。いくつになっても新たな発見があるというのは楽しいものです。

若い時には、指導も目の前のことで精一杯だと思いますが、広い目で先を見てやる、両方の視野を持つことを心掛けていただきたいと思います。この連載に書かれているような幅広い知識に好奇心をかき立て、指導をよく研究して納得して、「自分はこういうことを教えていきたい」という方針をしっかり立てて準備をしてください。その上で、生徒の個性を見て調整していくことが大切です。そして、その子が一生懸命にやっていることを認めてあげること、子どもも自分と同じ人間だと思って向き合うことを忘れずに、経験を重ねてよい指導者になっていっていただけたらと思います。

一生かけて自分の音楽を育てる、そして次世代に音楽という宝物を伝える、そうした美しい目標を持てる私たちは幸せですね。

(取材・編集=二子千草)

林苑子
はやし そのこ◎東京藝術大学ピアノ科、専攻科卒業。在学中安宅賞受賞。ソロ、室内楽、声楽伴奏者として活動後中断。50歳で再デビューして65歳までリサイタルを開催し、CDで発表。ピティナ理事。コンペティション審査員長、ステップアドバイザー、ステップ運営委員会副委員長、アドバイザー派遣委員会委員長を務める。
指導のいろは
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