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進路指導 ピアノ経験者のためのキャリア教育(執筆:大内孝夫)

指導のいろは
進路指導 ピアノ経験者のためのキャリア教育─音楽大学研究、音楽大学卒業者の進路

執筆:大内孝夫

かつてあったと思われる音大の序列は大きく変わっています。音大進学を希望する生徒に対し、ピアノ指導者は自分の時代に感じていた各大学の序列感やイメージに囚われず、現在の各音大の時代の変化への対応度合いや学科・コースの特徴をしっかり研究し、生徒さんのご家庭の経済状況や音楽への応援姿勢などにも配慮して個々の事情に適した指導を行う必要があります。その際「音大で学んでどうするのか?」という問立てに生徒自身をどう向き合わせるかがポイントです。ピアノ指導者が教えるのはピアノだけではなく、ピアノを通じて自分の人生をどうデザインするかを考えさせることも大切になっています。

1.音楽大学研究
音楽を学べる大学

名前に「音楽大学」を冠している大学は20校強ですが、多くの国立大学には音楽教員を目指す教員養成課程で音楽を学べるうえ、幼児保育学科や映像・メディア学科などで音楽を学べる大学もあり、「音楽を学べる大学」は、100校を越えるようです※1。ここでは、より多くの音楽を学ぶ環境を知って頂くために、特に断りがない限りは「音楽を学べる大学」を対象にお伝えしていきたいと思います。

図表
『音大出てどうするの?』(ヤマハMEH)より抜粋

「音楽を学べる大学」は、きれいに分類できるわけではありませんが、大学や学科・コースなどにより、ウェイトの置き方に違いがあります。従来ですと、演奏家や作曲家を目指す「実技系」、幼稚園から大学までの教員を目指す「教育系」、学者などになるために学問として音楽を学ぶ「音楽学系」が中心でしたが、最近は音楽療法やアートマネジメントを学んでビジネスに活かす「ビジネス系」や、リベラルアーツの一環として学ぶ「教養系」のニーズも高いようです。一方で、音楽教室や吹奏楽の指導者を目指す、あるいは調律師やユーチューバーを目指す、という学生にピタッと当てはまる学科・コースは意外と少ないのが現状ではないでしょうか。

いずれにしても音楽を学ぶ際に大切なのは、「学んでどうするの?」ということです。それぞれの大学によって、力を入れている分野が異なりますので、一般大学のように偏差値で選ぶべきではないのは当然として、自分の学ぶ目的意識に沿った大学、学科・コース選択をしないと、卒業後に進路が定まらず、非常に苦労することになりかねません。音楽を学ぶことには大変大きな意味、意義があると思いますが、ピアノ指導者はその点にはぜひ留意し、進学指導を行っていただきたいと思います。生徒さんが音大進学を検討する際は、一旦原点に立ち返り、「何のために音大に行くのか?」「学んでどうするのか?」を考えさせることがとても重要です。

音楽大学の現状、進学の際の留意点

ここまで見たように、音楽を学ぶ目的が多様化し、それに対応できている音楽大学とそうでない大学では大きな差が出てきているように思います。詳しくは、私の新刊『音大崩壊』をご覧頂ければと思いますが、新しいチャレンジを行い、大学、学科・コースに従来あった垣根をできるだけ取っ払って改革を進めている大学には学生が集まり、そうでない大学には学生が集まりにくくなっています。

特に生徒さんに勧める音楽大学を調べる場合、以下の3点に該当するか否か、注意する必要があります。

ひとつは、とにかくクラシックは素晴らしい、クラシックこそ真の音楽だ、との根拠のないクラシック信仰を持つ音大教職員が多い音大。そういう勢力が強いほど改革に不熱心で、世の中の変化を感じようとはしません。とにかくクラシック音楽を学ぶことを勧め、もっと学べと大学院進学に誘います。

というのも、大学院に進学させる学生が多い教員ほど大学の学費確保に貢献し、高く評価される傾向があるからです。また教える学生が減った教員も、自分の雇用継続に危険を感じ、その学生の将来など二の次にして、大学院進学を奨励するようになります。その結果、卒業生の3分の1とか4分の1が大学院に進学する大学もあるほどです。

ふたつ目は意識を変えられない教員の多い音大。音大は、教員の学生への思い入れが、一般大学とは比べものにならないほど強い傾向があります。というのも大学に入るずっと以前、たとえば3歳とか5歳からレッスン指導を行っていたり、そうではなくても大学受験以前から指導していたりするケースが多く、その流れで音大に入ってくる学生が大勢いるからです。

学生の多くも教員を慕い、その教員のような演奏家なり作曲家、音楽研究家などを目指して入学し、大学ではより本格的に毎週マンツーマンで指導を受けます。このような教員と学生の距離の近さ自体は、音大ならではの魅力だと思うのですが、その反面で旧来の意識から脱却できない教員は、意識するか否かに関わらず、演奏家になりうる学生、学校教員を目指させる学生、音楽教室を目指させる学生、などと学生を格付けし、「就職したい」と言い出した学生は、そのヒエラルキーの最下層に追いやるのです。

就職を希望する学生に対しては、理由などお構いなしに音楽に対する真摯さが足りないと非難したり、優秀な学生であればあるほど、考えを改めるよう執拗に説得したりします。それでも考えを変えない場合には、「破門」するケースもあるほどです。もちろん授業なのでレッスンはありますが、急に態度が厳しくなったり、逆にまったく口をきいてもらえなくなったりして学生は追い込まれます。

みっつ目はガバナンスの弱い大学。これは最近の某マンモス大学で起きた大学の私物化のように、音楽大学固有の問題ではありません。しかし、音楽大学は音楽の単科大学で、規模も小さいケースが多く、優れた経営者が正しい経営方針を示し、組織としてうまく機能している大学がある一方、ガバナンス体制が整備されていないケースが目立ちます。早い話が成果と責任の関係です。

学生募集は大学経営の根幹にかかわる重要な問題ですが、その低迷が長く続いても理事長、学長などの責任問題に発展することはまずありません。一般の企業では考えられないことです。企業では、業績が悪くなれば創業者やその一族といえども、株主や取引先から厳しく責任を追及され、退任を余儀なくされます。

しかし大学では、いくら学生数が減少しようと、理事長や学長が責任を取ることなく絶対的権力者として君臨しているケースがあります。そのような大学では、権力者に迎合する勢力が幅を利かせ、一般の教職員は上に意見具申すらできない、また反抗した場合は組織から追放される、という話を多く耳にします。

生徒さんが進学を希望する音大にこのような兆候がないか、完全に見極めるのは難しいですが、最近ではインターネットやSNSなどで情報も入手しやすくなっています。ピアノ指導者は、自分の出身大学に囚われず、幅広く音大研究を行い、進学指導を行う必要があります。

2.音楽大学卒業者の進路

音大生の卒業後の進路については、拙著『「音大卒」は武器になる』に記載しておりますので、詳しくはそちらをご参照ください。ここでは音大生それぞれの立場に立って、ピアノ指導者が生徒さんの進路を考える際に大切なことを2点お伝えしたいと思います。

まず一点目は、図表の通り、「進学」と「その他」で約半数となっており、彼らのその後が見えにくくなっている点です。現実には大学院に進学しても、学歴は積み重なったもののその学生にとってはあまり意味がなかったのではないか、と思われるケースが少なくありません。もちろん音楽をより深く学ぶことは意味があると思いますが、それに見合う人生を歩めるケースは少ない気がします。大学院を卒業しても、学部卒の方が就職には有利ですから中々就職できず、非正規の就業となるケースが目立ちます。また大学教員募集では「修士」が応募条件となるケースが多いので、大学教員志望の学生は大学院に進学しますが、大学に残り教員になれる学生は極めて少ないのが実情です。しかも私のような学部卒が落下傘的にポストに就くケースもありますから、非常勤講師のポストにたどり着くだけでも大変なのに、その上はし烈を極めています。そう考えると、大学教員を目指せる学生は、かなり限られるのが現実ではないでしょうか。進路指導に際しては、これらの点を踏まえた指導が必要だと感じます。また7%となっている「音楽活動」のように、卒業後に演奏活動を行っていく卒業生も多いのですが、それでは生計が立てられず、多くはアルバイトをして過ごします。しかし、30代に入るあたりからアルバイト先が少なくなり、生活に行き詰まるケースも少なくありません。私は就職課でそのような卒業生の相談に乗るケースがとても多かったですし、今もSNSを通じ、そのような相談が絶えません。音楽を学んだ学生の進路指導にあたっては、30代、40代になって行き詰ることがないよう、配慮する必要があると感じます。

一方、企業就職すると音楽ができないと思い込んでいる学生が多くいます。しかし、現実には、多くの企業人が音楽に親しんでいます。例えばインターネットで「ソニーピアノの会」を検索し、その定期演奏会のプログラムをご覧ください。ベートーベン、ショパン、ラベル、ラフマニノフなどの難曲がこれでもかと並んでいます。またその他にも多くの社会人ピアノ愛好家の会があります。それらをご覧いただければ、仕事をしながらでも音楽に親しめることがお分りいただけるのではないでしょうか。また、お医者さんにピアノ愛好家が多いのも、大きな特徴です。

二点目は、進路を決める際、ご家庭の事情もしっかり考慮する必要がある、ということです。例えば私の場合、家庭の事情から生活が苦しく、大学生時代は奨学金を借りていました。ですからこれ以上苦しい生活は嫌だと、卒業後はできるだけお給料の高い会社に入ることを目指しました。当時高給だとされたのは大手マスコミや商社、それに銀行です。マスコミは採用数が少ないうえ、コネがものをいうと聞き、商社と銀行に的を絞って活動し、今でいうメガバンクに就職したわけです。今振り返るとそれでよかった、と心から思っています。生活で苦労しそうな生徒には、金銭的な面も考慮する指導も時に必要だと感じます。

特に最近では、音楽大学でも私のように奨学金を借りている人が多くなりました。大体3割くらいはいるはずです。またそうではなくても、ご両親の会社の経営状態がコロナなどで急速に悪化するような生徒さんも出てくるはずです。音大生を見ていると、自分では贖いようのない厳しい現実に直面しているケースも少なくありません。

進路選択にあたっては、それらを含め、生徒それぞれが置かれた環境を把握することがとても重要です。また女性の社会進出に伴い、仕事選びの基準も変わってきているように感じます。指導者ご自身の経験に囚われず、それぞれの希望と置かれた環境を見比べながら、適切に指導するといいと思います。ご家庭が全面的に支援してくれる環境にあれば、大学院進学や留学を進めてもいいかもしれません。しかしそうでない場合は、別の道を勧めるべきかもしれません。その際、ご家庭の置かれた状況を恨むのではなく、ここまで育ててくれたことに感謝し、与えられた環境でベストを尽くすことが、人生の扉を開くことにつながることを、どううまく伝えるかがポイントになる気がします。

その意味でピアノ指導者は、単にピアノだけを教えていればいい時代は終わったと自覚すべきではないでしょうか。単にピアノが上達するだけではなく、ピアノを通じてどう人生を歩むべきかを一緒になって考える指導者こそ、信頼され、頼りにされるのだと思います。

注釈
  • 「音楽を学べる大学」は、『音楽大学・高校 学校案内』(音楽之友社)では約15ある短大を含め100校近く、『音楽を学べる大学・短期大学(短大)の一覧』(スタディサプリ)では約140校が紹介されています。
大内孝夫
1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)にて支店長などを歴任。2013年、音楽大学に転ずる(キャリア指導担当兼会計学講師)。19年名古屋芸術大学特別客員教授、20年同大教授(音楽領域)。ドラッカー学会会員、日本証券アナリスト協会検定会員。著作にピティナeラーニング『音楽教室を「経営」する』の参考教材『「音楽教室の経営」塾』①、②(音楽之友社刊)の他、大人向けの楽器や歌のガイド本『そうだ!音楽教室に行こう』、『「音大卒」は武器になる』『「音大卒」の戦い方』(いずれもヤマハミュージックメディア刊)など。ピティナ評議員/組織運営委員/音楽を学ぶ人のためのキャリア支援室長。
指導のいろは
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