ピアノ教室経営学(執筆:大内孝夫)
執筆:大内孝夫
将来どのような指導者になりたいか、ご自分の教室をどんな音楽教室にしたいか、そういう「ありたい姿」を心に抱いているピアノ指導者は多くいますが、そのために具体的な目標を設定している指導者は少ないように感じます。しかし、「目標なくして成果なし」です。この記事では「目標設定・管理」の大切さをご理解いただくとともに、その具体的な取り組み方法について「PDCAサイクル」を用いて解説します。また集客には、「経営」「マネジメント」「マーケティング」「イノベーション」というこれまでなじみの薄かった言葉が大きな力を発揮します。これらの言葉への抵抗感をなくしていただくことも、この記事の目的です。
私はピアノ指導者の方から「生徒1人、2人を担当し、丁寧に、大事に育てたい」とのご希望を伺うことがあります。この考えは決して悪いものだとは思いません。ただ、これでは生活費は稼げませんから、もともと莫大な資産を持っているか、収入面を親御さんや配偶者に頼らなければ不可能です。この記事では、より多くのピアノ学習者の方に、将来は指導者として、ピアノ教育を普及させるミッションを持って頂くことを目的に、生徒が集まり、経済的に自立できるための方策や考え方についてお伝えしたいと思います。いわば職業人として生活費が稼げる、ありていに言えば「食える」指導者になるための項目です。
私はピティナにて「音楽教室経営相談窓口」を担当しており、「生徒が集まらない」との相談を受ける機会が多くあります。しかしお話を伺うと、その原因はご自身の「演奏力」や「指導力」ではなく、「経営力」にあるケースがほとんどです。それも無理からぬこと。というのも、指導者が学んだ多くの音楽大学では、演奏などの実技ばかり教え、経営はおろか、指導法すらまともに教えていないからです。そのため、教え始めて指導法の学びが足りないことまでは気づいても、経営の大切さまでは思いが至りにくいのが実情です。
そのため指導者は、生徒が集まらないのは自分の演奏力や指導力の不足だと誤解し、これらに関する多くのセミナーに参加するなどして勉強するのですが、思うように生徒は集まりません。さらに学びますが、それでも一向に生徒は集まらず、悶絶し、自分を責め立ててしまうケースすら珍しくありません。しかし、生徒が集まらない原因は別のところ(経営)にあるのですから、いくら演奏力や指導力を磨いても、生徒が集まらないのはある意味当然です。学びが足りないのではなく、学ぶべきものが違うのですから。私からすると、国語が得意で数学が不得意なお子さんが、数学を得意にするためにさらに国語を勉強しているように感じます。これを機に、是非経営やご自身の経営力の向上に対して関心を高めて頂きたいと思います。
音楽教室の先生や音大生を見ていると、一日の積み重ねの大切さを非常によく理解していると感心します。これはすばらしいことなのですが、一方で「いつか」実現したい夢はあっても、それを達成するための具体的な目標を持たず、どこに行きたいのか方向を見失っているケースがまま見受けられます。生涯が「放浪の旅」というのは、ロマンはあるのかもしれませんが、地に足がつかず不安定です。それを安定させる唯一無二の手法が「目標設定・管理」です。
この目標は、人から与えられるものと誤解している人が多いのですが、原則自分で立てるものです。会社でも、会社から与えられた目標ばかり意識し、自分の目標を立てない人は成長しません。是非目標を立て、それを実行し、成し遂げる取り組みを始める契機として頂ければと思います。
それでは経営の話を進めますが、基本となるキーワードは、「マネジメント」「マーケティング」「イノベーション」「目標設定・管理」の4つです。「マネジメント」は「経営」そのもので、後の3つのコントロール状況を示し、「目標設定・管理」は成果をあげるための手法ですから、教室経営に必要な機能は「マーケティング」と「イノベーション」の2つだけです。それでも多くの指導者は、マーケティングとイノベーションは難しいといいます。しかし、単に単語に拒否反応を示しているケースがほとんどで、本当はそんなに難しいものではありません。マーケティングは「お客の立場に立つこと」、イノベーションは「何か目新しいこと」とほぼ同義。是非この項目で身近なものにして頂きたいと思います。
なお、字数の制約から経営のエッセンスの、そのまたエッセンスしかお伝えできません。さらに詳しく知ろうと思う方は、拙著『「音楽教室の経営」塾』①、②(音楽之友社刊)をお読み頂ければと思います。
私が音楽教育の世界に入ったころ、教室「運営」という言葉が頻繁に使われていました。『経営なんて、おこがましい』といった声も聞こえていましたが、最近は指導者の方から「経営」という言葉が自然に出てくることが多くなり、嬉しく思っています。パソコンが普及し始めたころ、マウスという言葉を奇妙に感じ、ダブルクリックに戸惑い、ドラッグアンドドロップなどと言われると、もうお手上げでした。でも慣れてみれば、「なんだ、そういうことか」という感じです。「経営」も同様です。あまり難しく考えず、マーケティング、イノベーションという言葉にも慣れ親しんでください。以下、これらについてご説明します。
マーケティングは、「お客の立場に立つこと」とお伝えしました。具体例でいえば、かつて閑古鳥が鳴いていた大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)がディズニーランド並みの人気テーマパークになれたのは、マーケティングの勝利だと言われています。うちの音楽教室をUSJ並みのテーマパークにしちゃうぞ、くらいの意気込みで取り組んでみるといいと思います。
「お客の立場に立つこと」とは、言い換えれば「売れる(ピアノ教室なら、入会する)仕組み作り」のことです。「マーケティングの理想は、販売を不要にすること」(P.ドラッカー『マネジメント』)とも言われるくらいですから、これさえ作れれば、こちらが一所懸命セールスしなくても、お客の方から買いに来るというわけです。音楽教室でいえば、あまり努力しなくてもどんどん生徒が集まるようになる、という感じでしょうか。
ただ、そう簡単にそのような理想的な仕組みが作れるわけはありませんし、たとえいったん出来上がったとしても、時代や環境の変化でその仕組みが崩れることもありますから、安心できません。常にさまざまな工夫が必要になります。
そしてマーケティングの本質は、「顧客」にあります。顧客を知るために市場調査とその分析を行い、顧客との取引を阻むライバルなどの外部環境や教室自体に潜む内部環境を分析することで、自分が優位性を発揮できる分野を探し出し、それにふさわしいメイン顧客を決めるのです。その結果に基づいて、どのような教室にするか(サービスを提供するか)、どこで教室を開くか、月謝はいくらにするか、どのような宣伝を行うか、などを決定するのが基本です。
私が見ている限り、多くの音楽教室はこの流れが逆になっていて、自分で教えられるものは何か、月謝はいくらにするか、などを先に決めてから顧客探し(生徒募集)に入るケースが目立ちます。しかし、地域性や親御さん・生徒さんの教室への期待や希望を無視しては、決して生徒は集まりません。ピアノを習いたいのはなぜか、どうなりたいのか、ピアノの上達以外に望んでいることは何か―――そうした問いかけを自らに行い、その回答を導き出すのがマーケティングです。多くのピアノの先生は、「ピアノを習いに来るのはピアノが上手くなりたいから」と思い込んでいます。まずはその思い込みからご自分を解放することからはじめましょう。
「イノベーション」は、「何か目新しいこと」とお伝えしました。世の中的には、ノーベル賞を受賞した山中伸弥博士のiPS細胞のような画期的な発明や発見がイノベーションと呼ばれることが多いのですが、このような派手であったり、大々的であったりするものばかりがイノベーションではありません。むしろシンプルさや、何かと何かの組み合わせで生まれるイノベーションの方が圧倒的多数です。
具体例でいえば、100円ショップの調理器具です。シンプルで安いけど、「こんなのあったら便利だな」を実現している多くの商品がありますよね。
音楽教室でいえば、ある地域で、ピアノ教室としては真ん中の位置づけの教室があったとします。100教室あれば50番目といったところです。しかし、声楽も教えられると、そのような教室は10くらいしかなければ、一気に目立つ存在になれるのです。「弾き歌いができるようになる教室」として人気教室に変身できる可能性が広がります。ここに「英語でレッスン」なんてことが加われば、その地域でほとんど唯一の教室です。このような組み合わせが、「イノベーション」を巻き起こす大きなヒントになります。
組み合わせには、いろいろなパターンが考えられます。さきほどはピアノ講師×声楽講師を例に挙げましたが、ピアノ講師×保育士、クラシック×ポピュラーなどさまざまな組み合わせが考えられます。また何も組み合わせは2つに限らず、先ほどのピアノ講師×声楽講師×英語講師のように3つ、さらに4つと掛け合わせるものが多いと、目新しさ、珍しさを増す可能性が高まります。
注意点としては、マーケティングの観点から見て、組み合わせるものが顧客である親御さんや生徒さんにとって、"価値"を感じるものでなくてはならないことです。顧客が価値を感じる専門領域の数が増えるほど、それに該当する人材は少なくなります。ぜひ「顧客にとっての価値」を提供できる専門領域を増やすチャレンジをお勧めしたいと思います。
「夢」ならともかく、「目標」とか「経営計画」というと、少し堅苦しく感じるかもしれません。でも、みなさんも演奏会や発表会で演奏することが決まると、演奏する日を目標にして、いつまでに何をやるか、いつまでにどこまでできるようになるか、と計画を立てると思います。そして計画どおりにいくと良い演奏ができ、そうでないと思わぬハプニングが待ち受けていることが多いのではないでしょうか。音楽教室の経営も同じです。
企業では3年単位の中期計画が多いですが、音楽教室も3年くらいが丁度いいと思います。その際、できれば10年後のありたい姿を見据えながら、3年後の目標を立てられると、とてもいいと思います。
さて、具体的な目標の立て方です。ひとつの例として、<例1>「開業までの中期経営計画」をお示しします。目標で大切なことは、資金計画の項目のような、具体的な数値目標をできるだけ多く盛り込むことです。すでに開業している場合は、生徒数何人、年間月謝いくら、などと設定します。もちろん「2段階アップ」「中級者レベル」といった定性的表現になる目標もあって構いませんが、そればかりではダメですよ、ということです。3年後の到達目標が決まると、3年目に突然達成できるわけではありませんから、そこから逆算して、1年目、2年目のラップ目標も決めます。
とはいえ、3年計画を立てただけでは、1年に1回しか振り返る機会がなく、期間が長すぎ、常に目標を意識する状態にはなれません。ここに魂を入れるには、1年目の目標に焦点を合わせ、それをクリアするために、さらにきめ細かく進捗管理を行う必要があります。
その際威力を発揮するのが、PDCAという目標管理の考え方です。1年後の目標をさらに月ごとに小分けし、半年後の中間時点で一旦絞めて振り返り、次の半年で1年目の目標クリアを図ります。
具体的には、1月から始めたとすると、1月~12月の目標を設定(Plan)し、まずは1月分を実行(Do)します。1月の終わり、または2月はじめに目標がどの程度達成できたか点検(Check)すると同時に、2月から改善(Action)すべき点を列挙し、2月の行動計画に反映させます。これを毎月繰り返すのです。そして中間である6か月後に一旦絞め、残り半年での達成にむけて計画を修正します。1年後は締めくくりであると同時に2年目の始まりですから、さらに入念に計画を点検・改善し、2年目に進みます。これが1年サイクルの「月間PDCA」です。
できればこの毎月の目標達成のために、1週間をサイクルとした「週間PDCA」も作れれば完璧です。日々の練習の積み重ね同様、このようなきめ細かい管理の積み重ねが、3年後の開業、その後の音楽教室の成功へと導いてくれます。
PDCAの中で要になるのは、立てた計画が予定どおりに進んだのか、計画期間の終わり(または翌月のはじめ)にきちんとチェックすることです。チェックして、なぜ達成できなかったか(できたか)を分析することで、自分の課題や強みも見えてきます。課題が見えれば、それを克服する取り組みも行えます。こうして、計画と実行、チェック、計画の修正を繰り返すことで、目標が実現できる可能性は高まります。
このように計画を立てて、それに従って過ごしてきた人と、何となく1日を過ごしてきた人では、3年後にすでにそうですが、10年後にはとてつもなく大きな差となって現れます。ピアノを毎日何となく30分弾いている人と、3年後はブルグミュラー、5年後はツェルニー30番、10年後はショパンのエチュードと、目標をもって日々の練習計画を実行し、その進み具合をチェックして目標を達成しようとする人の差、といえばわかりやすいでしょうか。音楽教室経営ではぜひ後者を実践していただきたいと思います。
計画がないと、とかく漫然と、「いつかは教室を開きたいなぁ」と思うだけで、いたずらに日々を過ごすことになりかねません。まさに「いつか」と「おばけ」が出ることはないと、心すべきです。目標はシンプルでいいと思います。例えば高校時代の大谷翔平さんは「ドラフト1位指名」だったそうです。ただその目標達成に向け、数多くの取り組み項目を設定したそうです。その意味では、<例2>「1年間のPDCA表」の縦の項目(取り組み事項)をいかに充実させられるかが、PDCA活動の成否を分けるといっても過言ではありません。縦の項目は3年固定ではなく、トライアルアンドエラーで、適宜入れ替えて構いません。生徒数、平均月謝、コンクール出場回数など、あなたが達成しなければいけないと思う数値目標を、期限を決めて目標化し、PDCAを使って是非実現に向けて取り組んで下さい。あなたの理想とする教室、指導者像は、きっとその先にあるはずです。