ピアノ指導者のライフコース:1 土持恵理美先生
執筆:土持恵理美
指導者ライセンスの受検をきっかけに指導者として再出発。ライセンス取得後はステップアドバイザーをはじめ、様々な委員会・審査員の責務を果たして参りました。
皆さんは自分自身のキャリアイメージを想像したことはございますか。
5年後、10年後の姿なんて全く分からないという方もいらっしゃると思います。しかし想像できないものも研鑽を積みながら見えてくる、もしくは描きたい道に進んでいくという事もあると思います。今回は私自身のキャリアを、転機となったステップごとにご紹介いたします。
ピティナ・ピアノ指導者ライセンスは、指導実技・演奏実技・筆記試験・エッセイ(小論文)の4種類の試験科目を通して、継続的な「指導力の研鑽」を支援する検定システムです。試験は春期、秋期、冬期に各地方で実施しています。
ピティナ・ピアノ指導者ライセンス(以下、指導者ライセンス)を受検した動機は、「本格的にピアノ指導者としてやっていきたい」と思ったからです。海外駐在を終えて日本に帰国した頃、同じタイミングで子育てからも少しずつ手が離せるようになりました。そのため、このタイミングでもう一度勉強し直し、今よりももっと良い指導者になりたいと思ったのがきっかけです。
当時は生徒がコンクールに挑戦したこともありましたが、結果は本選進出ならず。
私自身にピアノ指導者としてのブランクがあるのは重々理解していたつもりでしたが、この時、これが今の私の現在の指導力なのだと改めて認識させられました。これが、ピアノ指導の勉強をし直そうと思った原点です。そんな折り、どういった教材・検定を利用して勉強しようかと模索した中、私の目にとまったのが「指導者ライセンス」でした。
指導者ライセンスの参加要項をはじめて見たとき、取得までにたくさんの課程があることを知り少し気がひける感じもしましたが、受検科目の中で他の検定にはない魅力的な科目もありました。それが「指導実技」です。指導実技は、モデル生徒に対して10〜15分程度の模擬レッスンを行う試験です。私は、この指導実技を学びたい一心で指導者ライセンスの受検を決めました!
1998年に最初に受検したのが、レポート(小論文)の試験でした。普段あまり、自分の考えを言葉にしたり、文章としてまとめる事がなかったので、初回は下書きなしの一発本番で提出しました。結果は案の定ギリギリでの合格でした。この時は、とりあえず合格できて良かったと思っていましたが、指導者ライセンスを受検する中で、試験の結果次第では、ステップ・アドバイザーへの道が用意されている事を知り、そのキャリアイメージを想像して俄然に勉強のスイッチが入りました。人参をぶら下げると簡単に走り出す馬のような単純な動機にも見えますが、思い返せばこの出来事が指導者ライセンスで自発的に学ぶきっかけになりましたので、結果的に良かったと思います。
ただ、気持ちだけではそう簡単には行かず、これまで以上に勉強の時間を確保しなければなりませんでした。指導者ライセンスを受検している時は、まだ子どもも手のかかる時期でしたので、ピアノ指導者として、妻として、母としての仕事もこなしながら、時には地域のボランティア活動にも参加していたので、なかなか思うように勉強する時間を確保することが難しかったのです。当時は指導者ライセンスを受検する上で、家族の協力を得て「1年半での全級指導者ライセンス取得」という目標を掲げ、タイムリミットを先に決めて取り組みました。目標を立てたことで、「いつまでに何を、どうやって、どのように」という年間計画をしっかり立てることができ、時間の管理という意識も身についたようです。
指導者ライセンスでは、最後に受検者と審査員の先生を交えて行う、ディスカッションの時間が設けられています(※実地開催の試験のみ)。ここでの審査員の先生方による講評が、本当に勉強になりました。自分の指導法を、客観的に見て頂く機会は、音大時代にもなかったので、様々な角度からのアドバイスを頂けたことが、その後のレッスンにとても役立っています。また、指導者ライセンスでの交流をきっかけに、指導者同士の繋がりもできました。受検者同士で、悩みを共有し合い、励まし合い、助言し合い、色々なことをさらけ出すうちに、とても仲間意識が強くなったのを今でも鮮明に覚えています。先生方との交流の輪が広がり、横の繋がりを持てました事は、私にとって本当に大きな収穫でした。
指導者ライセンスを受検し始めた時は、自分の力試しも兼ねて、指導者には師事せずに1人で受検していましたが、上級演奏実技だけは一人で乗り越える自信がありませんでした。そこで、まずは色々なセミナーに足を運び、その時に渡部由記子先生に出会いました。受講していた渡部先生のセミナーに感激し、その場でお声がけし、指導者ライセンスの受検に向けて何度かレッスンをして頂くことになりました。その後の受検で無事合格することができた時には、やはり自己流に陥る事なく客観的に演奏を見て頂くことは、本当に重要であると改めて感じました。読んでいる方の中には、「ピアノ指導者がピアノ指導者に師事するのか…」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、いくつになってもこれで終わりという事はないと思っています。水も絶えず流れているからこそ澄んでいて美しいのであって、堰き止められてしまっては、水は濁るだけです。ピアノ指導者がピアノ指導を受けることも全く同じではないでしょうか。
指導者ライセンスを取得したことで、ステップアドバイザーとして全国各地に派遣され、先生方と交流をもったり、ピアノ学習者の演奏を聴く機会をたくさん頂きました。まずは思い切ってチャレンジして頂きたいものです。
ステップ(ピティナ・ピアノステップ)は自身の目的・目標に合わせて参加できるステージです。ピアノをはじめたばかりの方から、継続して学ぶ方、音楽を楽しむ方が多く参加しています。ステップでは、「アドバイザー」と呼ばれる指導や演奏で活躍されている先生方から、演奏やピアノの楽しみ方のヒントをもらうことができます。
ステップアドバイザーを担当するにあたって、課題曲の下調べをひと通り行いました。アドバイザーを始めた当初は、文字だけで演奏のヒントを伝える難しさを実感いたしました。参加者の良いところ、参考にしてほしい事、気が付いたことを書けるようになるには、やはりたくさんの経験が必要なのだという事を知りました。
今でもまだまだ伝えることが難しいと感じる日々ですが、少しずつですが、直観力や客観力が養われるようになったかもしれません。ステップアドバイザーを務めた時、「ピアノをやめようと思っていたけれど、諦めずに続けていこうと思った」「本番ではたくさんミスしたけれど、私のほんの少しの良さを先生が見つけてくださって嬉しかった」等のご意見をお聞きし、なにかしら人の役立つことに手を差し伸べられることを知り、胸が熱くなりました。
ステップが発足して何年か経った頃、課題曲をステップに入れ込む作業を、私を含めた4名の先生で取り組みました。
主に、23ステップに曲を当てはめる作業をいたしました。ピアノ曲を参加者にとって最適な曲が選べるように、約3000曲もの作品を精査しました。ステップ課題曲選定委員での経験は、クラシック音楽に関して熟考する貴重な時間となりました。
2004年には、ステップ活用ガイドをクラシックソロ課題曲選定メンバーとして、2009年にはまた、ステップ活用ガイドが新たに出版に伴い指導者のステップ活用事例として紹介頂きました。この委員会では、他の委員会所属の先生方との交流をとおして、自分自身のコミュニティを広げることができました。
ピティナ・ピアノコンペティションは、世界最大規模のピアノコンクールです。参加者約45,000組(予選から全国のべ)にのぼります。企画立案、課題曲設定、審査等には各地のピアノ指導者が積極的に加わります。全国組織であるピティナの特長を生かし、参加者と事務運営者との関わりに留まらない、複合的な効果を生み出しています。
初めて審査依頼を受けた時は、かなり緊張いたしました。審査ハンドブックを何度も読み返し、本番に臨みました。ステージでの審査・講評も初めてでしたので、手に汗を握る状態になり、この時は、自分でも何をしゃべったのか記憶にないほどでした。
審査の経験が増えていくにつれて、現在では参加者の良いところや、逆に足りないところ、改善点をさっと見つけて講評などでも自分の言葉で話すことができるようになったかもしれません。
また、同じ地区の審査を担当する先生方からも多く学ぶものがありました。どういった視点で演奏を見ているのか、評価の判断基準はどこにあるのか、それぞれの審査員の先生方の考え方を垣間見ることができました。それと同時に、審査を担当することで自分自身の聴く力が各段に上がりました。今でも、審査はとても緊張いたします。その一方でこれからも色々な演奏を聴けることを楽しみながら、責任をもって努めて参ります。
指導者育成委員会は、ピアノ教育の現場で活躍できる、ピアノ指導者の育成を目的としています。毎年4月に開催される指導セミナーの企画や指導者ライセンスの普及を進めています。
私は2010年に、指導者育成委員に就任いたしました。初めて参加した委員会では、委員の先生方とのディスカッションの雰囲気に圧倒され、帰りに違う方向の電車に乗ってしまったほどでした。それほど指導への熱い想いのある先生方が集まっているのだと感じた、初日の出来事でした。
指導者ライセンスを受検していたので、大人になって学び直す経験の重要さと、その難しさを知っております。そのような経験者だからこそ持っている知見や考えをお話しながら、委員の先生方と指導者ライセンスの試験形態について議論しております。最近では、普段のレッスン動画が提出できる、「Lesson Check UP」という試験もできました。こちらは指導者ライセンスを受検している方の他、コンクールに挑戦する生徒のレッスンへのアドバイスとして、活用いただいております。
指導者ライセンスに運営側として関わるようになり、指導者育成への意識もさらに高まりました。指導者育成委員の鳥羽瀬宗一郎先生が担当されている講座にて、ゲスト講師を担当させて頂いたり、毎年4月に開催される指導セミナーでは指導法をテーマにプレゼンいたしました。今後も、これまでに培ってきたものを次の世代に還元していけるように、委員として努めていきたいと考えております。
ステーションとは、市区町村単位の地域に根付いた、ピアノ指導者のコミュニティです。主にピティナ・ピアノステップの運営を担い、活動を通じて地域にピアノ指導者の輪を築いています。 地域の音楽振興のため独自のコンサートやアンサンブル体験企画、勉強会を開催したり、社会貢献活動に取り組むステーションも増えてきています。
ステーション設立のお話を頂いて、代表を務めることになりました。ステーションを設立する前にも、日比谷ゆめステーションにてステップの手伝いを担当しておりました。
日比谷ゆめステーションで初めてのチーフとしてのステップ当日の朝、張り切ってバスで駅に向かうと、地震のため全線不通になっていました。あの時は、さすがに本当に途方に暮れました(笑)。あの時は、初めてのチーフでしたから、ステップに穴を空けられない思いで必死でした。ステップは2日間開催でしたので近くのホテルに泊まりこみ、2日目が終了した時には、肩の荷がおり、自然と涙が溢れてきたのを覚えております。今では良い思い出です。
そのようなステーションでの経験もあり、千葉あすみが丘ステーションの滑り出しはスムーズで、なんとか第1回目を無我夢中で終わらせたことも思い出されます。1人コマネズミのように導線の長いホールを走り回って、各部署のスタッフに連絡事項を伝え、一時たりともじっとしておりませんでした。それがもう2022年には第8回目の開催を迎えます。運営側となりますと動き回らねばならない事が多々あり大変な時もございましたが、いろいろな事を学ぶことができました。
また、手伝ってくださるスタッフには、本当に頭の下がる思いです。スタッフがそばにいて下さるから、私はこのようにうごけることに感謝しかありません。人は宝だと思います。最初の頃は私も必死で、随分と突っ張っていたと思いますが、コロナの時期を迎え、現在に至る今では、周囲の支えに目を向けられるようになって参りました。
これからの目標としては、ピアノ指導者の充実を図るために、勉強会を定期的に実施していきたいと考えております。また、指導の充実には、指導者ライセンスを受検するのが大変役立つと思いますので、仲間の先生方にもお勧めしております。この記事を読んでいらっしゃる皆さんもぜひ、一歩踏み出してご覧になってはいかがでしょうか。