指導セミナーVol.55 開催レポート
第55回を迎えた指導セミナー。今回は3年ぶりとなる東音ホールでの実地と、オンラインの同時開催となり、全国から多くの先生方にご参加いただきました。ピアノ指導者は、幅広い年齢層で、生涯現役で活躍することができます。今回も、指導という芸術を多方面から学ぶ、充実した2日間の指導セミナーとなりました。
レポーター:恩田結衣(ピティナWキャリア職員)
1日目、最初のセミナーは、2021年度ピティナ特級グランプリである野村友里愛さんの指導者であり、D級、Pre特級の特別指導者賞も同時受賞された、関本昌平先生による特別公開レッスンです。
たっぷりと実演を交えながら、多彩な表現で言葉かけをしてくださいました。
さて、皆さんは「演奏する前の姿勢」を意識したことがありますか?
音楽は、弾く前の姿勢から始まっており、曲に対する雰囲気づくりも重要な動作です。
この曲では、pesanteの表記があるように、
最初の音が音になる前に
、重々しい雰囲気を演奏者が作ることが大切です。
それから、休符の扱い方について。
音楽は、
音がある状態
がほとんどです。だからこそ、音がなくなるときが重要。
休符の扱い方を工夫し、聞こえ方を研究するためには、
休符の前の音の切り方にこだわる
こと。絶妙な間、ドキッとするような間があると、聴き手もハッとさせられるのではないでしょうか。
関本先生のレッスンは落ち着いた雰囲気がありながらも、先生の音に対するこだわりが詰まっていて、細やかな指導が印象的でした。
単なる強弱だけでなく、音色、イメージ、ピアノという楽器の扱い方まで、より深く学ぶことが求められるため、指導者としてどう伝えるか、子どもにわかりやすく伝えるためにはどうしたらよいか、たくさんのヒントをいただきました。
打鍵、タッチの仕方、ペダリング・・・演奏するうえで基本となる様々な要素を丁寧に説明してくださり、特にショパンでは、バラードの中に含まれるショパンの他の作品の要素との関わりも明確となるレッスンでした。
表面だけでなく内面から出るものを伝えていくことの大切さを、関本先生から学びました。
お昼休みには、指導者育成委員の池川先生&石井先生と、当日の参加者の皆様とがオンラインでつながり、交流会が開催されました。
金子勝子先生にもご参加いただき、終始和やかな雰囲気であっという間のひと時でした。
指導者育成委員の先生方が、これまでどのようにピティナと関わってきたか、どんな力がついたのかを簡単にお話してくださいました。
学び続けるということは若さの秘訣
であると、池川先生。
石井先生はコンクールの見学や審査員・アドバイザーとして、
何十万人の演奏を聴いたことが財産
になったそうです。
第一線でご活躍されている先生方が初めて審査に関わったときのお話や、指導者として駆け出しの時期にあたった壁など、実際に先生方の言葉で聞くことができ、参加された先生方の励みになったのではないでしょうか。
お昼休憩後は、話題の書籍を出版された先生方に、出版にいたるまでのご自身のご経験や、書籍に書かれていることについて、お話ししていただきました。
左手のピアニスト考案! 無駄なくピアノに力を伝えるためのスマート奏法
トップバッターは、左手のピアニスト・智内威雄先生。
智内先生には、まず「スマート奏法習得術」の出版に至った経緯をお話しいただきました。
なぜピアニストは腕を壊すのか?それは、
人と比べるから
。
自分自身の音の出し方、表現の仕方、キャパシティーが理解できていれば、
最小限の動きで最大限のパフォーマンス
ができるのです。
本書をとおして、智内先生が伝えたいことは大きく分けて3つ。1つ目は脱力するテクニック。2つ目は最小限で最大限の効果を得る練習方法。そして3つ目は、効率的な音楽の整え方。
智内先生のお話は端的で、説得力があり、短い時間の中でご自身の経験や奏法のヒントを伝えていただき、最後には素敵な演奏で会場を包み込んでくださいました。
ご自身が局所性ジストニアを患いリハビリをした経験から、ゼロベースでの奏法をまとめた
スマート奏法 習得術 - 音楽之友社
。自分の弱点を見つめ直すため、また、生徒さんの弱点を知るためにも、ぜひご一読ください!
音楽が変わる!魔法の言葉がけ
続いては、言葉がけの第一人者である、岩崎由純先生。
スポーツ現場でもご活躍されている岩崎先生には、「
PEP TALK(ペップトーク)=本番前の声がけ
」について、熱くお話しいただきました。
スポーツの世界では大事な試合前、音楽の世界ではコンクールや本番の前、会社ではプレゼン前など・・・コーチや指導者、上司はどのように選手、生徒、部下に声をかけるのが良いでしょうか?
ここで大切なことは、
したいことや、在りたい姿を伝えること
。後ろ向きな言葉をかけ続けると、学習的無力感に陥ってしまい、負のイメージを与えてしまいます。
ダメ出しではなくいいところ、改善点を伝えていくようにしましょう。
事実を受け入れ、捉え方を変換、更にしてほしいことに変換し、背中のひと押しをする。
ついつい言ってしまうネガティブワードを、すべて魔法のようにポジティブに言い換えてしまう岩崎先生の講座で、会場の雰囲気も一気に明るくなり、聞いているだけで元気になる講座となりました。
質疑応答の時間には多くの質問が寄せられ、「言葉がけ」の難しさ、重要さを感じました。
生徒たちからやる気と最高の演奏を引き出すために書かれたこの
音楽が変わる!魔法の言葉がけ
、ぜひ一度手に取って、自分自身の言葉がけを見直してみてはいかがでしょうか。
はじめてのフォルマシオン・ミュジカル
第2講座最後のレクチャーは、ダルクローズ国際免許ライセンスもお持ちの、高田美佐子先生にご登壇いただきました。
フォルマシオン・ミュジカルとは、フランスの国公立音楽院で実践されている音楽教育法のことで、
音楽を総合的に学ぶこと
を目的としています。
高田先生には、実際にフランスでは「ソルフェージュ教育」がどのように行なわれているか、どのように変化していっているかをお話しいただきました。
フランスの音楽学校では、「ソルフェージュ」という単語は死語となっていて、現在はフォルマシオン・ミュジカルが必須科目となっているそうです。
日本においては、ピアノ(専門楽器)、音楽理論、聴音、視唱、和声法・・・これらを全て、別々の指導者から学ぶことが多いのではないでしょうか。
フォルマシオン・ミュジカルには、10個ほどの要素があり、それらがすべて関わり合って、実際の音楽作品と結び付いているのです。
セミナーでは、「舟歌」をテーマに、実際に先生のピアノに合わせて身体を動かしながら拍子を感じ、曲の中に出てくるリズムを使ってソルフェージュをすることを実践していただきました。
実践を通して理論を学び、音楽を感じ取ることのできる耳・心を育てるための
はじめてのフォルマシオン・ミュジカル~音楽力を育てる新しいソルフェージュ~
。
教育者としての視野や幅が広がるこの一冊を、ぜひお手に取ってみてください。
講師:中村千絵先生、ファシリテーター:飯田有抄さん
指導セミナー1日目最後は、声のプロフェッショナルである、声優・中村千絵先生による、「伝え方講座」です。クラシック音楽ファシリテーターの飯田有抄さんと共に、対談形式でレクチャーしていただきました。
中村先生にはまず、「声優」というお仕事について、具体的に説明していただきました。
ひとつの作品で複数の役を持つこともあるそうで、私たちが知ることのなかった背景を知ることできました。アフレコはまさに
命を吹き込んでいく作業
だ、と中村先生。
俳優とは違い、声だけで心情を表現するため、
緩急やダイナミクスが非常に重要
となります。これは、音楽にも通ずることです。
誰と共演するか=アンサンブル、気持ちの強さ=楽譜上のフォルテ、心があって音に繋がる=呼吸・・・中村先生のお話と飯田さんの進行で、音楽との共通点を認識していくことができました。
また、講座の後半では指導において、「先生から生徒への伝え方」がテーマとなりました。
まず指導においては、
自分の引き出しを増やしておく
ことが大切となります。相手によって伝え方を工夫し、適切な導き方や、前向きになれる言葉がけを使い分けることのできるようになることが理想です。
また生徒にはバックグラウンドが様々あります。レッスンにやってきた生徒に「こんにちは」と挨拶をするだけでも、そこに「調子はどう?」や、「今日は元気ないね」といった気持ちを込めることで、言い方は大きく変わります。子どもは大人のことをよく見ています。真似してくれた、気づいてくれた、見ていてくれている、というのは子どもにとって全て嬉しいことで、
信頼関係や安心感
にも繋がります。
最後に、声優になるために大切なことを2つお話しいただきました。
1つ目は、たくさん本を読むこと。一見関係のないことでも、「何か」に繋がることもあり、何より本を読むことで言葉の引き出しを増やすことができます。
2つ目は、国語力、活字力。パッと読めて、パッと理解することのできる力は、臨機応変な対応を求められる声優さんにとって必要な力とのことでした。
明るく、表情豊かな中村先生は、不意な振りにも気さくに対応し、素敵な声色を聞かせてくださいました。まさに声のプロフェッショナルな演技で、1日目の講座は暖かな雰囲気で締めくくられました。
レポーター:土屋駿也(ピティナWキャリア職員)
講師:樋口紀美子先生
指導セミナー2日目は、昨年「インヴェンションとシンフォニア」のCDを発売された樋口先生のレクチャーから始まりました。バッハ自身は(どちらかというと)活気あるテンポを好んでいて、遅過ぎたり、停滞するテンポ感は求めていなかったようです。 音楽の自然な流れを妨げてはならない ということです。また、これほどハッキリと調性感のある曲はありません。2声しかありませんが、ハーモニーの動きを感じて演奏することが大切です。
講師:石井なをみ先生
2名のモデル生徒さんのレッスンを石井先生に実演して頂きました。 ハーモニーの動きを感じて演奏する 大切さについて指導されていましたが、これは先ほど樋口先生が仰っていたことに通じることです。
音楽には緊張と緩和があります。この曲は13~14小節目にかけて、2声共に16分音符で動き最も緊張感が高まるので、気が抜けないように気を付けましょう。ハーモニーだけを抜き出して演奏して和声進行を把握するとしっかり暗譜できます。休符はリズムを作る大事な要素なので、見落とさないでしっかりと音の無い時間を作りましょう。
拍子を感じて32分音符の動きが重くならないようにしましょう。ハーモニーが目まぐるしく変化するわけではなく、同じハーモニーの中で音が動くのが基本的な構成です。だからこそ単調な演奏に陥りやすいので、音程の動きを感じて旋律の表現をするとよいとのこと。12小節目で、この曲の最低音であるC音から2声のカノンが駆け上って緊張感が高まり、14小節目で2声が同じ動きを奏でる中でハーモニーの動きも活発になり最高潮に達します。その動きを感じて演奏すると、この曲では効果的です。
講師:鳥羽瀬宗一郎先生
洗足学園音楽大学大学院では、2018年度より「指導法特別講座」という授業が発足されました。導入期指導、ソルフェージュ指導、教材研究など、それぞれの分野のスペシャリストを講師に招いて指導法を学ぶことができます。院生同士で模擬レッスンを実践したり、講師の先生のレッスンを間近で見ます。洗足学園において 約7割の院生が既にピアノ指導に関わっています が、それぞれ悩みを抱えています。皆小さい頃からピアノ演奏の勉強を熱心にされていますが、指導法を勉強してきた人はそう多くはないでしょう。この授業は、そんな若手指導者にとって指導のノウハウを学ぶ場であることは勿論のこと、より良い指導者になるための向上心や活力を得る機会になっているようです。修士論文で指導法について研究されたり、大学院修了後すぐに個人教室を開業して活躍している方もいます。「ピアノ指導者」という職業が子どもたち、学生にとって憧れになるといいですね。
講師:日比谷友妃子先生
2020年の特級グランプリである尾城杏奈さんをはじめ、数多くの優秀なピアニストを育て上げてきた実績を持つ日比谷先生。人がそれぞれ持っている「音」を磨き、魅力的な「響き」を習得する方法などについてお話しいただきました。生徒はレッスンの時に先生の音を聴いて育っていきます。生徒に良い音を求めるためには、先生が良い音で弾いてあげることが大切です。また、ハノンや音階など基礎訓練を弾かせる時も、速いテンポですっ飛ばさず、メロディーを弾くように1音1音の役割や音のイメージを想い描いて自分の音を聴いてもらうことが大事です。カデンツの和音もトニックやドミナント等の表情を感じられるようにしましょう。美しい音を奏でるためには、タッチなど技術的な事も必要ですが、そもそも良い音とはどんな音なのかを理解して、自分が 良い音で演奏できているかどうか判断できる耳を育てる ことも重要だと思います。ひたすら家で練習するだけでなく、良い演奏家の演奏を聴くことで刺激を受けることでしょう。
講師:金子勝子先生
御年84歳になられた現在でもピアノ指導の第一線でご活躍されている金子先生は、ピティナ設立当初からピアノ指導に尽力されていました。金子先生が指導者として活動を始めた頃は戦後間もなく、今のように指導法や教材が確立されていませんでしたが、レコードを買ってたくさんの音楽を聴かれていたそうです。先ほどの日比谷先生のお話しにも通じることですが、日本においてまだクラシック音楽が発展途上だった時にも関わらず、後に数多くの優秀なピアニストを排出した指導力の源は、レコードなどで様々な音楽を聴いて得た 音楽感性 なのだと思います。長い指導生活の中で精神的に辛い出来事もあったが、一生懸命指導を続けていたらいつの間にか元気になっていたというお話しには勇気づけられました。
講師:上杉春雄先生、ファシリテーター:飯田有抄さん
脳神経内科医でありながら、ピティナコンペG級金賞の経歴を持ち、ピアニストとしても活躍されている上杉先生に、多忙な日々の中でどのように練習をするのが効率的か、音楽学的観点からの分析ではなく、脳科学的観点、つまり脳の動きや反応から音楽を分析するというアプローチでお話し頂きました。
ピアノを弾くには、何の音を何の指で弾くか頭で分かっていないと弾けません。暗譜が飛んだりミスタッチが多くなってしまうのは、日頃の練習で頭を使わずに、なんとなく習慣化された手の動きでしか覚えていないからです。一度ピアノの前から離れて、机の上などに広げた楽譜の上で指を動かしても運指や音が即座にイメージできるようになった時には、ミスタッチは格段に少なくなっているでしょう。
人間の脳は、聴いた音楽を 時間軸(リズムや拍) と 音程軸(音程や音楽の輪郭) の2軸に分けて認知・分析をします。時間軸を横軸に、音程軸を縦軸にして二次元上に書き起こしたものが楽譜となります。つまり、楽譜とは人間が脳で判断している音楽構造のグラフとも言えるのです。楽譜という存在が昔から無くならないのは、人間が音楽を認知する仕組みに合っているからです。
時間軸と音程軸という二次元の世界に、音量の変化やハーモニーの組み合わせによって生じる色彩感が加わると三次元となり、音楽を立体的かつ視覚的に感じることができるのです。人間が頭の中で考えられる音楽は二次元までで、そこから音楽を三次元にするのは実際に音を奏でる演奏家の役割であると思います。どんな背景の曲なのか、誰がどこにいて何を見ているのか、寒いのか暑いのか等、曲の物語や情景描写を想い描き、それが聴衆に伝わる音楽、つまり 聴衆の脳を活発にさせて三次元の世界に誘う音楽こそ良い音楽 なのです。「心の動きが伴わない音楽に意味はない」というお言葉が印象的でしたが、人の心を動かすために、先ずは自分の心が動かないと始まりません。家で練習するだけでなく、絵画や文献を読んだり、様々な場所に赴いて心が動くきっかけを作る時間も大切です。
指導セミナーにて、ピティナ・ピアノ指導者ライセンス全級合格表彰式が開催されました。2021年度は 19名の方が全級合格 となりました。指導者育成委員長である金子勝子先生からは「本当によく頑張りましたね。何事もくじけず前向きに考えながら指導者生活を全うして頂きたいと思います。」とのお言葉とともに、合格証書が授与されました。また、ご来場いただいた方には一人ずつ合格までの軌跡をお話しいただき、お互いに励まし合いながらまた新たな目標に向かって進む記念の日となりました。
指導者ライセンスの合格者インタビューを掲載しています。受検のご参考になさってください。
ピティナ・ピアノ指導者ライセンス
ピアノ指導のメンターと出会い、高め合える仲間と励まし合いながら、ピアノ指導スキルを磨きませんか?ピティナは「学び続ける指導者」全力でサポートいたします。
下記の日程にて、指導者ライセンスの無料説明会を実施いたします。 不明点や役立ち方法など、ぜひご参加のうえご質問ください。
2022年度下半期地区オープン!
感染症対策をとったうえで、実地での試験も開催しながら、オンラインで自宅からご参加いただける地区もご用意。状況に合わせて参加しやすい地区をお選びください。
まず第一に、「色々な楽譜を見ること」と関本先生。
同じ曲でも、出版社によってアーティキュレーションや強弱記号の書き方が異なることがよくあります。その違いに目を光らせ、比較検討することが大切です。
関本先生は、様々な表現で細やかな指導をしてくださりましたが、ここでは2つ、紹介します。
1つ目は、強弱記号について。crescendoやdecrescendoには、どのような意味があるでしょうか?単に、大きさだけを表す記号なのでしょうか。
これらの音楽記号を単に「強弱の変化」と捉えてしまうと、音楽が単調になります。
この曲においては、 苦しみや悲しみ の変化、 抵抗感 を表現することが大切です。
2つ目は、調性感について。シューベルトは、転調のスペシャリストと言われるほど、多彩な音楽をたくさん残しました。
調が変わったということは、 同じ強弱記号でも何か変化があった ということ。その調のもつ特徴や響きの雰囲気をイメージし、表現していきましょう。